2013年03月09日

たとえ追い出されても(奇跡について5)

急に暖かくなりました。昨日は日中の気温が23度もあったそうです。つい数日前までは真冬のコートを着て、マフラーと手袋、耳宛をして出かけていました。散歩コースの桜川の土手を歩くと、人影はまばらで、枯れたヨシがざわざわと風になびいていました。

昨日の桜川の土手は、保育園の子どもたちが散歩をしていました。2歳児ぐらいでしょうか、みんなより先に行って、また戻ってこようとしています。「走るところぶから、ゆっくりね」と先生に言われているのに、にこにこしながらタッタッターと走っていました。
子どもたちの黄色い帽子がタンポポのように見えました。

今日は午後から子ども家庭集会です。パネルシアターを持って出かけます。


OBI(お茶の水聖書学院)卒業式から一週間たちました。時間がたつにつれ、わたしの人生において学んだこと、卒業したことが大きな意味をもたらすのではないかと思えてきました。

OBIでヨハネの福音書における「奇跡の意義と意味について」という卒業論文を書きました。ヨハネの福音書に書かれている主の奇跡をカルヴァンやBFバックストン、メリルテニイ、CLアレン、CSルイスなど8人の聖書学者たちが、その著書でどのように書いているかを調べて論文を書きました。その論文からブログで紹介させていただいていましたが、それが途切れていました。

今日は、久しぶりに続きを書きます。(前回は1/15 に書きました。)


イエス様が行った奇跡はヨハネの福音書には7つ書かれています。6番目は、生まれつき盲人の奇跡です。(ヨハネ9:1-41)

イエス様はなぜ中途失明の人ではなく、生まれつきの盲人の目を開かれたのでしょうか。
生まれつきの盲人が見えるようになることは、当時あり得ないことでした。 生まれつきの盲人を癒したのは、神にはできないことがないということ、つまり神は全能であるということを人々に示すため、また神の栄光をあらわすためだったという結論になりました。

この盲人の言動をみていると、彼の信仰が成長していることに驚かされます。盲人は最初イエスが誰であるか知りませんでした。目に泥を塗られ、シロアムの池に行って洗うようにイエス様から言われ、彼はその言葉に従いました。すると見えるようになったのです。

ユダヤ人たちは、どうして目が開かれたのか彼に質問しました。この男はイエスが行ったことをそのまま答えました。
彼は、両親に見捨てられ、ユダヤ人から反感を買われても、何度問いかけられても、起こった出来事をありのままに語りました。
彼が自分の身に起こったことをそのまま話すことは、イエスを快く思っていないユダヤ人たちにとって腹立だしいことでした。ユダヤ人のコミュニティーの中から追い出される危険がありました。それでも彼は恐れませんでした。

ヨハネ9:33では、「もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです」と言い、イエスが神から出ているお方だと告白しています。

彼はユダヤ人から追い出されてしまいます、イエスは彼を見つけ出してご自分が人の子であると語りかけ、彼は信仰告白をしました。

彼は他の人が何と言おうと、またユダヤ人から反感を買われようと、事実を曲げずに語りました。それは、イエスによって目が開かれた喜びに満たされていたことと、イエスを救い主と信じていたからでしょう。彼の信仰を見習いたいです。

また、R.V.G.タスカーは「この奇跡を行ったのは、人々が霊的に盲目であることに気付かせるため」と書いています。『わたしは見える』と思っていることが高慢なのだと思います。このことも心に留めたいです。

posted by 土筆文香 at 12:02| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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