2013年04月29日

試練の学校(2)

「百万人の福音」2012年4月号に掲載された喘息や乳がんなど病気のことを書いたエッセイを紹介しています。
前回の続きです。


2)再び喘息に

喘息は完治したのだと安心していましたが、結婚して長男を出産した後、再び発作が起きました。そのときは軽くすんだのですが、その後、毎年秋になると発作が起きるようになりました。しかも年々ひどくなっていきました。
わたしは二十二歳のときイエス・キリストを信じ、神戸の教会で洗礼を受けていましたが、二年後に東京へ引っ越してからは、教会へ行っていませんでした。

再び喘息発作が起きるようになって、自分の力、意志ではどうにもならないことを思い知らされ、近くの教会へ通いはじめました。
それから三年後、実家で第二子を出産した後、ひどい発作が起きてしまいました。発作を抑える吸入薬が全く効かなくなり、食事も会話もできなくなりました。

やっとの思いで病院へ行くと、そのまま入院することになってしまいました。
入院と聞いたとき、ほっとしました。生まれたばかりの長女と三歳の長男のことを考える余裕がありませんでした。とにかく呼吸困難という苦しみからのがれたいという一心でした。入院すれば呼吸が楽になるだろうと思ってほっとしたのです。

ところが、酸素吸入をしても注射を打っても少ししか楽にならず、発作がずうっと続いていました。点滴を受けながらボロボロ涙をこぼしました。

このときは、洗礼を受けて八年たっていましたが、あまりの苦しさに祈ることさえできませんでした。喘息を憎み、神様はなぜこんなに苦しい目にあわせるのだろうと、神様を怨んでしまいました。

あとから看護師の友人に入院したときのことを話すと、そこまでひどくなってから病院へ行くのは危険で、手遅れになる可能性があったと言われました。気管支が完全にふさがれてしまったら、死んでしまうのだと聞いて、ぞっとしました。わたしはその一歩手前だったのです。

あれだけひどい状態だったのに、十日間入院しただけで発作が治まり、退院できました。
その間、長男は夫の実家で、生まれたばかりの長女はわたしの実家で守られ、育まれていました。

それからも喘息と闘いながら育児をしていましたが、長女が四歳のとき、また大きな発作を起こしてしまいました。救急外来で注射を打ってもらったのに帰宅すると前よりひどい状態になっていました。

丸めた布団にもたれて、「神様、もう耐えられません。早く天国に連れていって息をしなくてもいい身体にしてください」と、幼い子どもたちがいるのに死を願ってしまいました。
そのとき、私の心に聖書の言葉が示されました。

「神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。(Tコリント十:十三)」
(耐えられないはずはないんだ)と思ったとき、ふっと肩の力がぬけて平安が与えられました。イエス様がそばにいて、やさしい眼差しで見つめておられるのを感じました。

発作は続いていましたが、うつらうつら朝まで眠れました。
その後、病院で予防の治療をはじめたので、それ以来、ひどい発作を起こすことがなくなりました。
               
                                                  つづく

posted by 土筆文香 at 15:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月25日

試練の学校

昨年、いのちのことば社から出版されている月刊誌「百万人の福音」で募集していたペンライト賞の佳作になり、わたしの書いた文章が2012年4月号に掲載されました。
喘息や乳がんなど病気のことを書いたあかし文章です。数回に分けて紹介させていただきます。


(1)喘息で苦しんだ子ども時代
わたしは、子どものころから体が弱く、よく熱を出していました。二歳のときは肺炎で生死の境をさまよったそうです。肺炎は治りましたが、こんどは小児喘息になり、夜中によく発作を起こして、母に背負われて何度も病院へ連れて行ってもらいました。

中学生になれば治ると言われ、がまんしてきました。でも、中学一年の夏休みに神戸に引っ越すと、喘息がどんどん悪化していきました。
今は、喘息はきちっと予防すればひどくならずにすみ、がまんをしてはいけないそうですが、当時は予防薬がなく、ひたすら耐えるしかありませんでした。

 発作は深夜か明け方に起きることが多く、横になることもできず、まるめた布団にもたれて肩で息をしながら、朝になるのを待つのです。がまんしきれなくなると救急外来に駆けこんで注射を打ってもらいます。

(このままなら、一生治らないかもしれない。就職も結婚もできない)と、不安でたまらなくなりました。
発作は秋になると頻繁に起こり、冬になるとおさまってきます。発作が起きてないときは元気なので、喘息のことを考えないようにしていました。
秋になって胸がゼーゼー鳴りだすと、鳥肌がたちました。喘息という言葉を聞いただけで身震いするほど嫌な気持ちがしました。喘息は恥ずかしい病気だと思っていたので、喘息の持病があることを誰にも言いませんでした。
 
中学二年のとき、夜、病院の帰りに歩けなくなり、坂道でうずくまってしまったことがありました。付き添っていた母は中学生のわたしを背負うことができません。父を呼びに坂の上の家に走って行きました。真っ暗な中にぽつんととり残されたわたしは、恐ろしさに震えながら、坂道を四つん這いでのぼりました。
 
「こんなみじめで苦しい思いをしながら、どうして生きていかなくちゃならないの?」
泣きながら星を見上げてつぶやきました。

そのころ、学校では友達がひとりもいなくてつらい日々を過ごしていました。生きていても何のいいこともない。死んだら楽になれるのに……と思いました。まだ神様のこともイエス・キリストの存在も知らなかったときのことです。
でも、夜空を見上げたとき、気のせいか誰かに見守られているように感じました。気のせいではありません。絶望の最中に神様は助けを備えていて下さったのです。

その日、病院へ行くとき、父の会社の人の車に乗せてもらっていました。父が車で送ってもらって帰宅したことを知った母が、子どもが喘息で苦しんでいるので坂の下の病院まで乗せて下さいと会社の人に頼んだのです。
わたしは、発作で苦しむ姿を見られたくなかったので、いやだと言って柱にしがみついていました。そんなわたしを父が力づくで連れ出し、乗せてもらったのでした。

会社の人は、わたしが発作で苦しむ姿を見て、後日漢方薬をすすめてくださいました。その漢方薬がわたしの体質にあっていたようで、それを飲むうちに徐々に喘息がよくなってきました。一生治らないかもしれないと思っていた喘息でしたが、高校を卒業するころには発作が起きることはほとんどなくなっていました。

                            つづく
posted by 土筆文香 at 13:06| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月22日

あなたがいないと世界は光を失う

昨日は洗礼礼拝でした。4人の中学生女子と3人の男性が洗礼を受けました。ひとりは友人のご主人です。友人の十年来の祈りがかなえられたのです。

4人の中学生たちは、全員小学2年生の時、教会学校で受け持った子どもたちです。
受洗して輝いている方々の顔を見て、喜びがあふれました。


先週の家庭集会では新しい発見がありましたので紹介します。

ルカ6:6-11にはイエス様が安息日に右手のなえた(麻痺した)人を癒すという奇跡が書かれています。
同じような記事がマタイ12:9-13マルコ3:1-5に書かれていますが、そこには右手ではなく片手と書かれています。
ルカだけが右手と書いたのは、ルカが医師としての綿密さがあったからというだけではなく、その人の人生をあらわす事柄としてあえて右手と書いたのだと教えていただきました。

この人は右利きで、おそらく石工として働いていたのですが、事故または病気で右手が麻痺し、生活ができなくなったということが想像されます。

この人は会堂にいたと書かれています。ホームレスだったので会堂に寝泊まりして物乞いをしていたと考えられます。
安息日にイエス様がこの右手の麻痺した人のいる会堂に入りました。

この人のことで、律法学者とパリサイ人はイエス様を訴える口実ができるかもしれないと思って、じっとようすを伺っていました。
安息日は神様を礼拝する日なので、仕事をしてはならないという律法がありました。律法学者たちは日常生活の細かいところまで決まりを作り、ちょっとしたことでも仕事をしたことになると言って人を裁いていました。病人を癒すことも安息日にしてはならないことだと考えていたようです。

彼らは、もしイエス様が安息日にこの人を癒したら、訴えてやろうと思っていたのです。
彼らにとって、人とは比較するもので、優劣をつけるものだと思っていたのです。

イエス様は右手の麻痺した人に「立って真中に出なさい」と言われました。驚いたでしょうね。人陰に隠れるようにして生きている彼にとって、真ん中に出ることにはためらいがあったかもしれません。
でも、イエス様のあたたかい眼差しにふれて、この方はほかの人とは違う。自分のことをひとりの価値ある人間として認めてくださっていると感じて出て行ったのでしょう。

イエス様が「手を伸ばしなさい」と言うと、彼の手はもとどおりになりました。

創世記1:26には、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう」と書かれています。神様は人を霊なるものとして、特別な存在として造られました。

イエス様が右手の麻痺した人を会衆の真ん中に出るように言われてから癒されたのは、その人の存在を肯定しているということであり、律法学者やパリサイ人が持っている『人を比較のうえで判断する価値観』が間違っていることを示すためであったと聞いて、感動で心が震えました。


同じクラスの子どもに「あなたがいなければ、みんな幸せになる」とメールを送られ、リストカットをした子どもがいたそうです。
同じクラスのひとりがいなくなれば、みんなが幸せになるなんて嘘です。
ひとりの人がいなくなって幸せと感じる人がいるのなら、その人の心はなんと歪んでいるのでしょう。そして、それは本当の幸せではありません。

聖書には「あなたがたは世界の光です。(マタイ5:14)」と書かれています。

『あなたがいないと世界は光を失う。わたしはあなたの存在を喜ぶ』
と、神様はひとりひとりに言っておられます。
posted by 土筆文香 at 21:58| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月09日

この世界にいなくてもいい人間はひとりもいないんだよ

春の嵐には冷や冷やさせられました。
7日の日曜日は暴風雨の中でも教会に行くつもりで、雨合羽と長靴、着替えも用意していました。幸い朝は雨が止んでおり、強風の中なんとか徒歩で教会にたどり着きました。
その日は何があっても休むわけにはいかなかったのです。

2週間ほど前のこと、教会学校の教師としての証しをしてくださいと牧師先生から依頼されました。なぜわたしが? 小学科の教師は20人もいるのに……と思いましたが、祈って引き受けました。
教会学校教師になったきっかけや動機、教会学校教師として奉仕してきた恵み、今、担当している小学科の紹介といった内容を含むことを期待しますと言われました。
幸いわたしひとりではなく、午前中の礼拝が3回あるので、3人の証し者がたてられました。

証し文を書いて牧師先生に送ると、「この証しがメッセージの一部となります」と言われ、身が引き締まる思いがしました。
講壇に上がるだけでも緊張するのに落ち着いて語れるだろうかと心配になりました。
200名近くの人がいるのですから……。でも、人を見ていては恐れが増すばかりです。
バッハのサイン、SDG(ただ神の栄光のために)を思い出して、会衆をほとんど意識せずに原稿を読ませていただきました。

その原稿を紹介させていただきます。
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わたしが教会学校で奉仕するようになったのは、土浦に引っ越してきて2年ほどたったときのことでした。車の運転のできないわたしは最初、4歳の長女と小学2年生の長男を自転車の前後に乗せ、教会へ送っていました。   
教会学校を見学していると「CS教師になりませんか」と校長先生から声をかけていただき、奉仕することになりました。それから二十数年。
今日は22回目の教師任命式に預かることになりました。教師任命式の時は毎回震えます。はたして自分は子どもたちの前に立って語る資格のある者なのだろうか……と思うと恐ろしくて震えてしまうのです。

子どもたちはまっすぐです。お話を素直な心でそのまま受け止めます。教師の神様に対する姿勢が子どもたちに伝わります。間違ったことを話してしまったらどうしよう。という恐れがわき上がります。
メッセージを担当するときは、聖書を読んで思いを巡らし、子どもたちに主のみこころを正しく伝えられるように必死に祈りながら準備します。そうすると、神様はこの弱き者に必要な知恵と力を与えてくださいます。主によって子どもたちの前に立たせられていることを実感しながら、お話ししています。

子どもたちの反応にはっとさせられることがあります。十字架の話をしたとき、小学一年生の子どもが「イエス様はわたしの罪のために十字架にかかって死んでくださったんだよね」と、目に涙をためながら言いました。
なんという素直な信仰でしょう。子どもたちの信仰を見習いたいと思います。

長年教師をさせていただいて、色々なことがありました。いちばん嬉しかったことは、わたしが乳がんの手術を受けることになったとき、子どもたちの声を録音したカセットテープが病床に届けられたことです。

「〇〇先生。がんばって」の一言でしたが、分級の子どもたちが祈り心で言ってくれたエールにどれだけ力づけられたことでしょう。 
受け持った子どもたちがテイーンズになって洗礼を受けるときは、大きな喜びです。その中でCS教師になる者も出てきました。あのAちゃんが……Bくんが……と感慨深いです。

体調が悪い時でも、CSで子どもたちが元気に賛美する姿を見ていると、不思議に元気になります。

わたしは中学生のころ、自分の存在価値がわからなくて死にたいと思っていました。強い劣等感があって、自分なんか何の価値もないんだ。生まれてこない方がよかったとさえ思っていました。
クリスチャンホームではありません。まわりにクリスチャンがいなかったので、イエス様のことを知りませんでした。

大人になって教会に通うようになり、聖書の中に「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」という箇所をみつけたとき、とびあがりたいほど大きな喜びに包まれました。

天地万物を造られた神様は、わたしのことを造ってくださり、高価で尊い者だとおっしゃっておられるのです。愛するひとり子の命を差し出してまでわたしのことを愛してくださっているのです。そのことに気づいて、はじめて自分の存在が価値あるものだとわかりました。
このことを子どもの時に知っていたら、どんなによかっただろうと思います。もし何かのきっかけがあったら、わたしは自殺していたかもしれなかったのでした。

小中学生の自殺のニュースが流れるたびに思います。自殺する前に、「この世界にいなくてもいい人間はひとりもいないんだよ。あなたは神様から愛されている尊い存在なんだよ」と伝えたかったと。

教会学校に通っている子どもたちは幸いです。このことを知っているからです。また、いちばん大切なものは何か知っているからです。
子どもたちが輝いて生きるために、わたし自身も神様によって輝かせていただきたいと願っています。


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このあとで、小学科のようすの写真をプロジェクターに映して説明しました。

posted by 土筆文香 at 16:29| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月06日

奇跡の意味と意義(奇跡についてその7)

お茶の水聖書学院の卒業論文「奇跡の意味と意義について」よりシリーズで書いてきました。
いよいよ結論を紹介します。あくまでもわたし個人が感じ、考えたことですので、正しいか正しくないかの判断はできません。
カルヴァン、CLアレンなど有名な聖書学者たちも、聖書の同じ個所に対してさまざまな考えを記しており、正反対の考えを書いているものがあることを思うと、どれが真実かみきわめるのは大変難しい作業です。でも、さまざまな視点から思いを巡らすことができたのでよかったです。

最初はわたし自身の考えというものがはっきりしていなかったのですが、文献を調べていくうちに自分自身の考えがまとまってきました。
論文に書いた結論の一部を紹介します。
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新約聖書における奇跡の目的がヨハネ20:31に次のように書かれている。
「イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じてイエスの御名よっていのちを得るためである」
神は、すべての人がイエスが救い主であることを信じるようになって欲しいと願われて奇跡を起こされたのである。(中略)
ヨハネは、共観福音書の記者とは違って、奇跡を「しるし」と呼んでいる。奇跡はイエスがだれであるか証拠を与えるものという見解で「しるし」と呼んだ。(中略)


単に奇跡的出来事、不思議な出来事を神のみわざとみなすことは危険である。悪魔も不思議を行うからである。迷信や根拠のない不思議な出来事を奇跡と言わないようにしなければならない。
フランクコールは、「しかし、聖書では悪魔の奇跡は神の奇跡に劣るものとして示されている。(中略)しかし、悪魔の知識の方がわれわれの知識よりも大きいために、こうした『ふしぎ』がわれわれには奇跡のようにみえるのであろう。」 と記している。(中略)

この論文を書くにあたって聖書学者たちの考えを調べているうちに奇跡がいかにキリスト教の重要な部分を占めているかということがわかった。最初は、奇跡がなければ多くの人たちがつまずかずに信仰に導かれるのではないかと考えていた。
また、逆に神がもっと目を見張るような奇跡を起こせば、多くの人が信仰をもつことができるのに…という思いもあった。しかし、奇跡を見たことによってのみ信じた人は、もっと奇跡を求めるようになり、神の言葉を求めなくなる。このことは、主のみこころではないであろう。

カルヴァンは「もちろん神は、一瞬にして病人たちすべてを癒すこともできただろう。しかし、奇跡にはそれなりの意味と目的があるので、またそれには節度がなければならないのである。」 )と記している。

それでは、なぜ神は奇跡を行ったのだろうか。
聖書における奇跡の定義は、イエスの神性(全能性、無限性、遍在性、超越性、永遠性そして、時を支配される力)を示し、イエスが神の子であること、約束されたお方、救い主であることを立証するわざとして行った行為である。そして、その根底には神の人類に対する愛と憐れみがあることを忘れてはならないと思う。

奇跡は現代でも起こりうるだろうか。
奇跡は、神の愛から起こされるのであるから、現代においても祈りの答えとして起こり得ると思う。だから、どんなときにもあきらめないで祈ることが大切である。でも、たとえ奇跡が起こらなかったとしても、主権は神にあるのだから、それをよしとして受け入れなければならない。
明日、いや一瞬先に起こることを予見することすらできない者が、全知全能である神の計らいを知ることができないからである。結果は神に委ね、神の最善を信じて祈り続けたい。


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先日葬儀が行われましたが、日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)の理事長池田先生が2年余りの闘病の後、癌で召されました。
癌だとわかったときにはすでに肝臓に転移しており、医師に余命が3か月と言われたと聞いたとき、奇跡の回復を祈りました。
そのとき、神様に奇跡を願ってもいいのだろうかと思い、論文のテーマを決めました。

結局完治せず、駆け足で天国へ行ってしまわれたのですが、奇跡は起きていたのです。昨年の10月、JCP60周年記念にはお茶の水に出向いてメッセージをしてくださったことは奇跡といえるのではないでしょうか。

2年の間に2冊の本を出版されたこと、教会では2月いっぱいまでメッセージをされたこと。ご自分の死と向き合われつつ語られた言葉は、多くの方の心を打ったこどでしょう。このことも奇跡だと思います。

ホスピス入院後もさらなる奇跡が起きて癌細胞が消滅ということにならないかと祈っていましたが、その祈りはかなえられませんでした。とても悲しいのですが、神様が決められたことなのです。

「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。(ヨブ記1-21)」
posted by 土筆文香 at 11:22| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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