2013年07月29日

たったひとつの小石

26日、27日、教会学校低学年(小1〜3年)の夏期キャンプが教会で行われました。今年は去年より少なく28名の子どもたちが参加しました。
「輝いて生きる」がテーマで3回の礼拝と水遊び、キャンプファイヤー、オリエンテーリングと盛りだくさんのプログラムでした。

去年わたしは体調がおもわしくなかったので泊まらず、1日目の夕方に帰宅して、翌日朝に再び加わりました。今年は去年よりは調子がいいので泊まることにしました。
子どもたちが眠った後、12時ぐらいまでミーティングがありました。ミーティングの後、目が冴えて眠れず、朝は4時過ぎに目覚めてしまったのでほとんど眠れませんでしたが、なんとか2日間体が持ちこたえられました。
去年は夜の集会にも出ず、うしろめたい思いを抱えながら帰宅したのですが、今年はまる2日間参加できたことを感謝しました。

1日目は教会のバス2台で霞ヶ浦のほとりにある霞ヶ浦ふれあいランドに行きました。科学館を見学した後お弁当を食べ、芝生で水鉄砲遊びをしました。

水鉄砲で紙コップのタコとイカに当てて落とし、さらに半紙でつりさげられた月、星、太陽も落とすというゲームです。グループで競ったので盛り上がりました。
先生たちをターゲットに水鉄砲を打つという遊びをすると、子どもたちはキャーキャーと大喜びです。若い先生たちはTシャツもズボンも絞れるぐらいびしょ濡れになっていました。

夕食のカレーをいただいてから、夜の集会で聖書のお話を聞き、キャンプファイアーをしました。教会でキャンプファイアーを行ったのは4年ぶりです。

生きているようにゆらめく炎を見ながら、天と地とすべてのものを造られた神様のことを思いめぐらしました。
少年ダビデが、たったひとつの小石で巨人ゴリアテを倒したというメッセージを聞いた感想を子どもたちに尋ねていました。3年生の子どもが、「ダビデが小石だけでゴリアテを倒せたのは、神様が一緒にいてくださったからだと思った」と言ったので驚きました。的を得た発言でした。

「わたしたちに与えられているのは、たったひとつの小石のようなものです。それを神様のために用いるとき、神様が力をくださってどんなことでもできるのです」
というI先生のメッセージをしっかりと受け止めていることがわかり、心打たれました。

わたしに与えられているものも小さな小さな小石です。何もできないとポケットにしまっていては小石をくださった神様に喜ばれません。わたしと小石だけでは、本当に何もできないのです。でも、神様とわたしと小石ならどんなことでもできるのだなあと思いました。

翌日は楽しいオリエンテーリング。天気はよくなかったのですが、室内で行うときには雨が降り、屋外に出ると雨がやんで、昼食の流しソーメンも外でできました。


キャンプ最後の集会で、子どもたちが心から賛美しているようすを見て涙が出てきました。
『神様と一緒に輝こう!』と叫ぶ子ども達は、キラキラ輝いていました。

posted by 土筆文香 at 20:33| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月25日

とってもとっても

東京タワーでドラえもん展をやっているので、23日にヒックンを連れて主人と3人で行ってきました。

ドラえもんが大好きなヒックン。DVDを見るとき「何がいい?」と聞くと、必ず「ドラえもん」と言います。
わたしもドラえもんが大好きで、今まで映画になったものは全部見ました。
ドラえもんは、藤子・F・不二雄氏が子どものおもちゃの起き上がりこぼしを見て思いついたのだそうです。

今回、藤子・F・不二雄の生誕80周年を記念して東京タワーでドラえもん展が開かれることがわかり、前売り券を買って楽しみにしていました。
電車で1時間半かかりました。このところ涼しかったのですが、その日、都内は蒸し風呂にいるような暑さでした。

初めて東京タワーをみて、ヒックンはびっくりしていました。フットタウンの屋上には80体ものドラえもんが並んでいました。全部異なったアイテムを持っています。

4Dのシアターや、作品の登場人物になって撮影ができる『なりきりひろば』などがあって、大人も楽しめました。
原画が展示されているので、見学者は子どもよりむしろ大人の方が多かったです。

ドラえもん展の後、昆虫展にも行き、展望台に上りました。雲行きが怪しくなってきたので2時半ごろ外に出ると雨が降り出してきました。
電車に乗ったとたん、ものすごい雨が降ってきました。雷の音がすると、ヒックンは何度もTシャツを引っ張っておへそを押さえていました。

土浦に着いたときは、雨は上がっていました。
都内は夕方から記録的豪雨になったとニュースで知って、守られたことを感謝しました。

小学生になって初めての夏休みですが、宿題がたくさん出ています。絵日記の宿題があったので、翌日ヒックンに東京タワーのことを書くようにいうと、
「いやだ。ぼく、絵がへたくそだから」と言います。

ヒックンはお絵描きがあまり好きでないようで、絵を描いている姿をみたことがありません。学校の図工の時間にはしかたなく描いているようですが……。
誰かに描いた絵をけなされたことがあるのかもしれません。

どうしたら絵が好きになれるのだろうと思って娘に聞くと、「絵具で描かせるといい」助言をくれました。
まだ絵具を使ったことがないというので、さっそく準備をしました。

「好きなように描いてごらん」というと、色混ぜしてさんざん遊んだあと、電車と東京タワーを描きました。
「すごいね、上手に描けたね」と皆で大げさにほめました。






「ぼく、上手に描けた絵が2枚だけある。それは電車と東京タワーの絵だよ」とにっこりして言いました。
こんな単純なことで自信が持てるようになるなんて……子どもの素直さにはっとさせられました。

そのあと、絵日記描くといって、今度は色鉛筆でドラえもんの絵を描きました。
昨日ママが迎えに来て、絵日記を持って帰ってしまったので写真に撮れませんでしたが……次のような文章を書いていました。

「きのう、とうきょうたわーの どらえもんてんに いってきました。
どらえもんがたくさんいました。
4Dのえいがをみて びっくりしました。
とっても とっても たのしかったです。」


『とっても』を2回書いたところがいいね!

posted by 土筆文香 at 17:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月22日

あなたは足を洗う水をくれなかったが・・・(その2)

前回の続きです
さらにイエス様は言われます「この女の多くの罪は赦されています、というのは、彼女はよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。」
シモンがどんな人だったか。どんな気持ちでイエス様を招いたのかと考えてみました。

パリサイ人の中には、イエス様をわなにかけようとした人やイエス様が逮捕されるように仕向けた人もいました。でも、この人は、悪気はなかったようです。でも、招いておきながら、客人の足を洗うという当時、当たり前の習慣としてあったことすらしませんでした。
そのころ、イエス様の行かれるところにはいつも大勢の人が集まり、イエス様はすごい人気でした。シモンは有名人を招いてやろうという気持ちだったのだと思います。

イエス様の語りかけを聞いたシモンはどんな気持ちになったのでしょう。一言も発しなくなったのは、心刺されていたからではないでしょうか。

シモンがその後どうなったか書かれていませんが、イエス様の言葉を聞いたシモンは、自分が赦されなければならない罪人であることを自覚したのだと思います。 

聖書の中の人物で名前が記されている人は、何らかの意味がある人なのだそうです。シモンと名が書かれたということは、その後、シモンが教会のリーダー的存在になった可能性があると牧師先生が言われました。
イエス様の言葉は、シモンに対する愛だったのですね。

この箇所は、女の人とシモン、どちらかの立場に自分を置いて読むかによって受けるものが違ってくるそうです。
いままでわたしは女の人の行為に目を奪われていて、パリサイ人シモンのことをあまり考えませんでした。でも、今回シモンの立場に立ってイエス様の言葉に耳を傾けたら、イエス様の愛が大波のように伝わってきました。

posted by 土筆文香 at 20:14| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月20日

あなたは足を洗う水をくれなかったが・・・(その1)

昨日は家庭集会でした。いつもと趣を変えて聖書の学びは教会で行い、その後、車に分乗してレストランへ行って食事をしながら楽しく語らいました。


聖書ルカ7:36-50の箇所から学びました。
罪深い女がパリサイ人シモンの家に入ってきてイエス様の足を涙で濡らして髪の毛でぬぐい、足に口づけして香油を塗ったことが書かれています。

この女の人の行為にはびっくりします。勝手に人の家に入ってきています。しかも食事の場にやってくるのです。
当時のイスラエルの家屋は開放的で、中庭から招いてもいない人が勝手に入ることが可能だったようです。


女の人はこのとき、イエス様と初対面だったそうです。以前出会っていて罪を赦してもらったのでその感謝の気持ちとしてそのような行為をしたのかと思っていましたが、そうではないようです。
彼女はイエス様のなさったことを聞き、この方こそ救い主だと信じたのでしょう。高価な香油をささげる彼女の信仰に心打たれます。


シモンは、その女の人が罪深い人なので、イエス様が預言者なら、その人がどういう人か知っているだろうと心ひそかに思ったと書かれています。

一段高いところから女の人をさめた目でみているシモンに対してイエス様は金貸しのたとえを話します。
金貸しから50デナリ借りていた人と500デナリ借りていた人がいて、ふたりとも返せなくなりました。金貸しはふたりとも赦してやりました。

*デナリとはお金の単位。当時1デナリは労働者の一日の賃金でした。

「ふたりのうちどちらがよけいに金貸しを愛するようになるでしょうか」
というイエス様の質問に、シモンは「よけいに赦してもらった方だと思います」答えます。

そのあと、イエス様は「あなたは足を洗う水をくれなかったが、この女は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれました。あなたは、口づけしてくれなかったが、この女はわたしがはいって来たときから口づけしてやめませんでした……」とたたみかけるようにシモンに言われます。
シモンは一言も答えません。言い訳すらしません。なぜ黙ったままなのでしょう……。
                              つづく
posted by 土筆文香 at 22:09| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

不思議な出会い

昨日は東西線の早稲田へ行き、楽塾という劇団の「十二夜」を観てきました。

先月「十二夜」に出演されているIさんからお誘いを受けました。Iさんとは面識はありませんが、このブログをよく訪れてくださり、ときどきコメントをくださる方です。

Iさんは、わたしと同じ教会に通う友人のTさんが所属しているサークルに入っておられます。IさんとTさんがお話しているとき、同時にわたしのブログの話題を口にされたそうで、とても驚いたとTさんが言われました。
Iさんも大きな病気をされて、辛いところを通らされたそうです。

Iさんは楽塾の劇団員で、公演案内をわたしに渡してほしいとTさんに託されました。
案内状をみたとき、ぜひ観に行きたいと思いました。

ちょうど実家から土浦へもどる日に公演があり、場所は実家から割合近くです。
Iさんが以前コメントに「今年はお会いできる気がします」と書いてくださったことが思い出され、席の予約申し込みをしました。

狭い地下室の劇場は、ほとんど満席でした。舞台と客席は同じフロアーです。前の方の席に座ったので、俳優さんたちの息づかいが感じられ、すごい迫力に圧倒されました。

原作はシェークスピアの「十二夜」ですが、なんと日本の室町時代になっていて、衣装は着物です。出演者の平均年齢が60歳と伺ってびっくりしました。
きびきびとした動き、早い場面転換。ユーモアあふれるセリフ。すごい歌唱力。ぐんぐん引き込まれていきました。

シェークスピアが観たら、びっくり仰天するでしょうね。でも、原作の持ち味、テーマは壊さずに質の高い笑いと、ちょっぴりほろりとする場面があって、素晴らしいつくりです。劇を観ることができて、ほんとうによかったと思いました。

終演後、Iさんにお目にかかれました。わたしが訪れたことを喜んでくださいました。初めてお目にかかったのにずっと以前から知り合いだったような気がしました。
本当に不思議な出会いでした。神様がTさんやブログを通して導いてくださったのだと思います。

これから21日まで公演が続きます。そして8月にはカナダのビクトリア国際演劇祭2013に出演されるのだそうです。
Iさんの健康が守られますように。楽塾の皆さんのためにもお祈りします。

当日券もあるそうです。興味を持たれた方は楽塾のHPをぜひご覧ください。
posted by 土筆文香 at 17:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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