2009年11月10日

それから


「神さまのカリス」を再度掲載したわたしのブログを友人でゴスペルシンガーのチャキさんが読んでくださいました。

詩を読んだとき、歌いたいという気持ちが与えられたそうです。
でも、そのときはチャキさんが作曲するつもりではなかったようです。

チャキさんからは、『大切に曲を作って下さる方との出会いをお祈りします』とコメントがありました。

『お祈りして実現する楽しみを与えられて感謝です。』とも書かれていました。

半年以上たった今年の8月。曲を作るというその祈りがチャキさん自身によって、いえチャキさんに働きかけて下さった神様によって実現したのです。

2006年にはまだチャキさんと知り合っていませんでしたから、この詩をチャキさんはおそらく今年の記事で初めて読まれたのでしょう。

もし、パラグアイのTさんからメールをいただかなければ、チャキさんはその詩を知ることがなかったでしょう。わたし自身忘れていた詩でした。

不思議なことに2006年1月の記事に「誰か曲をつけて下さると嬉しいのですが……。」と書いています。今までもたくさんの詩を紹介していますが、このようなことを書いたのは初めてでした。

神様の業は、そのときから始まっていたのかもしれません。


神様は、どんな人にでも溢れるようなカリス(恵み)を注いでくださっています。でも、気づかない人が多いのです。以前はわたしも気づきませんでした。むしろ、他の人はたくさんの恵みを受け、わたしには少ししか恵みが与えられないと神様に不平を言っていました。

でも、それは間違っていました。恵みはじゅうぶん注がれていたのです。それに気づいたのは乳がんになってからでした。

シャワーのようにカリスが注がれていても、うつむき、頭を横に振っていたら流れ落ちてしまいます。

このわたしにもあふれるほどのカリスが注がれていることに気づいたとき、顔を上げ、両手を広げ、口を大きくあけてカリスを受けました。カリスを受けたとき、心から主を喜んで生きる者に変えられたのです。


あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。(詩篇81:10)

posted by 土筆文香 at 11:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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