2012年03月03日

病に苦しむ誰かのために

3月に入ると心まで暖かくなりますね。明るい日差しがまぶしいです。

キリスト教の月刊誌、「百万人の福音」で毎年ペンライト賞を募集しています。4年前、癌で召された父のことを書いた文章がペンライト賞佳作に選ばれ、掲載されました。
昨年、自分の病気のことを書いて再び応募しました。やはり佳作に選ばれ、4月号に掲載されることになりました。

前回は、父の死の数か月前からブログにリアルタイムで書いていたことをまとめた文章なので、たくさんの人に読まれることに抵抗はありませんでした。むしろ読んでいただけるのは嬉しいことでした。

でも、今回は嬉しいという感情はまだ湧いてきません。むしろ、知っている人に読まれると思うと、深い心の傷跡があらわにされるようで痛みを伴います。(一部はブログやHPにも書いていますが……)

編集部から先月20日に電話をいただいたとき、ほんとうに驚きました。
「百万人の福音に掲載してよろしいですか」と聞かれたので、「はい」と答えたものの、あの文章が掲載されてしまうのだと思うと辛くて2〜3日眠れませんでした。

それなら、なぜ書いて投稿したのでしょう……。
ペンライト賞に出した文章の最後に
「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。(詩編119:71)」という聖書の言葉を記しました。

わたしは子ども時代で13年。大人になってから12年、計25年間喘息で苦しみました。なぜこんなに苦しまなければならないのか……と問い続け、病を受け入れられずに精神的にも苦しみました。その後、乳がんになり、死の淵に立たされました。

絶望の淵に立って初めて見えてくるものがあって、気づいたら病気になったことを感謝するようになっていました。苦しみに会ったことが幸いだと心から思えるようになっていました。長い時間かかってようやく達した心境です。

このことを書くように誰かに促された気がして、書きはじめました。でも、辛いことを書くという作業は苦しく、何度も途中で書くのをストップしました。するとまた、書くようにとの促しがますます強く感じられます。

気のせいと思って無視することもできたかもしれません。でも、無視したら体中の骨が痛むような気がします。もしかして、この促しは神さまからだろうか……。そうだとしたら無視してはいけない……。
そう思って書き上げたのが昨年の暮れでした。でも、ためらいがあって、すぐには投稿しませんでした。

年が明けて教会へ新年礼拝に行くと、今年の年間テーマの聖句が掲げられていました。
「神の力は私の弱さの中に完全に現れる。私が弱い時こそ私は強いのです。(Uコリント12:9-10より)」

この聖句を読んだとき、弱さをさらけ出したあの文章を送りなさいと神様から示された気がしました。わたしがためらっていたのは、精神的にも肉体的にも弱いことを大勢の人に知られるのが嫌だというのが主な理由だったのです。でも、神さまの前では、むしろ弱い方がいいのです。弱い人により大きく神様の力が働くのです。
そう思って締め切り間際に投函しました。

入選したと聞いたとき、「あの促しはやはり神様からだったのだ」と確信しました。
病で悩んでいる誰かのために神様がわたしの文章を用いようとして下さっているのかもしれません。会ったこともない誰かのために……。

「百万人の福音」4月号は今月半ばにいのちのことば社から発売されます。
posted by 土筆文香 at 17:46| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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