2013年02月20日

あなたがたのうちひとりが

先日は教会学校小学科でメッセージをさせていただきました。お話と準備をしていて気づかされたことを紹介させていただきます。
新約聖書マタイ26:17-29 ルカ22:7-4から最後の晩餐の箇所です。


イエス様は、大勢の人々に神様のことを伝え、病人を癒したり、奇跡を行ないました。イエス様には12人のお弟子さんがいました。イエス様は弟子たちにご自分が十字架につけられることを話しました。でも、弟子たちにはその意味がわかりませんでした。

「過ぎ越しの祭り」を祝うため、特別な食事をする日がやってきました。
昔、イスラエルの人たちがエジプトで奴隷のようにこき使われていた時、神様がモーセをリーダーとして救い出してくださいました。過ぎ越しの祭りとは、そのことを記念してお祝いする祭りです。

イエス様は弟子のペテロとヨハネに過ぎ越しの食事の準備をするように言われました。
「どこで準備したらいいのですか?」

ふたりの弟子がたずねると、イエスさまは
「町に入ると水瓶を運んでいる男の人と出会うから、その人が入る家までついていきなさい。そして、弟子たちと一緒に食事をする部屋はどこかと先生が言っていますと言いなさい。そうすれば広間に案内してくれるから、そこで準備をしなさい」
と、おっしゃいました。

ペテロとヨハネがその人のあとについていき、イエス様のおっしゃったことを話すと、その人は大きな部屋に案内してくれました。イエス様がおっしゃったとおりだったで、ペテロとヨハネは驚きながらそこで食事の準備をしました。

夕方になってイエス様は12人の弟子たちとテーブルにつき、過ぎ越しの食事が始まりました。これがイエス様と弟子たちとの最後の食事でした。

食事の最中にイエス様がびっくりするようなことを言われました。
「あなたがたのひとりが、わたしを裏切ります」
弟子たちは驚き、そして悲しみました。

「イエス様、まさか私のことではないでしょうね」
「まさか私のことではないでしょうね」
弟子たちは次々とイエス様にたずねました。

ユダはギクッとしました。ユダは実はすでに裏切っていたからです。ユダはイエス様を憎んでいる人たちに会い、イエス様を捕まえる手伝いをすると約束してお金をもらっていたのでした。

なぜそんなことをしたのでしょう。ユダは、イエス様がユダヤの国の王様になってくれると思っていました。ユダヤの国はローマに支配されて、人々は苦しい生活をしていました。イエス様がそれを救って、楽な暮らしができるようにしてくれると思ったのです。でも、イエス様は王様になる準備をなさいません。ユダはイエス様にがっかりして、裏切るようなことをしてしまったのです。

イエス様はユダのしていることをすべてご存知でした。いきなり、『ユダが裏切ります』と言わず、『あなたがたのうちひとりが』と言ったのは、ユダにあやまるチャンスを与えるためでした。


ユダはイエス様から祈って選ばれた弟子でした。会計係をまかされ、ほかの弟子たちからは信頼されていました。何よりイエス様は、このユダを愛していました。

『ユダ、まだ間に合う。今すぐ裏切ることをやめなさい』とイエス様は心の中でユダに語りかけていたのだと思います。
でも、ユダは知らん顔をして、「まさか私のことではないでしょうね」と、ほかの弟子たちと同じ言葉を口から出しました。
イエス様は、がっかりしたでしょう。悲しみに満ちた目でユダを見つめると、「いや。あなたがそうだ」とおっしゃいました。
ユダは死ぬほど驚きましたが、他の弟子たちは気づきませんでした。

ユダはあやまりませんでした。もしこのとき、イエス様にあやまったなら、イエス様はもちろん赦してくださったでしょう。イエス様は、ユダを愛していたので赦したいと思っておられたのです。

その後、イエス様はパンを取り、お祈りをして、弟子たちに配りました。
「食べなさい。これはわたしの体です」

それからぶどう酒の入った盃も取り、感謝の祈りをささげてから言いました。
「飲みなさい、これは、わたしの血です。人々の罪を赦すために流されるものです」
そして、ぶどう酒も弟子たちに分けてくれました。

イエス様は、ご自分の体がパンのように裂かれて赤いぶどう酒のような血が流れること、つまり、これから十字架にかかって死ぬことを伝えました。
そして、十字架にかかって血を流すことは、人々の罪を赦すためだとおっしゃったのです。

イエス様は「これからわたしを覚えてパンを食べ、ぶどう酒をいただくことをしなさい」と言われました。

このことを聖餐式と言います。それで、世界中の教会で聖餐式が行われるようになりました。
この教会でも年に4回、礼拝の中で聖餐式が行われます。イエス様が十字架にかかってわたしたちの罪を赦してくださったことを覚えるため、感謝のしるしとして行われているのです。

暗唱聖句
「これは、わたしの契約の血です、罪を赦すために多くの人のために流されるものです。マタイ26:28」



イエス様はユダをどう見ておられたのでしょうか……。名指しをせず、『この中に裏切る人がいる』と言ったのは、悔い改めのチャンスを与えるためではないかと思いました。聖書では「わたしといっしょに鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです。(マタイ26:23)」とありますが、それはユダにだけわかる方法で知らせたのだと教案誌には書かれていました。

ユダは罪の告白をせず、あやまりもせず、出て行きました。
その後、自分のしたことを後悔して自殺してしまいます。自殺するぐらいなら、イエス様のもとに行けばよかったのに……と残念に思います。ユダが自殺してしまったことでイエス様はどれだけ心を痛められたことでしょう。
イエス様はユダをも愛していたのですね。  
                  

posted by 土筆文香 at 20:55| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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