2013年04月09日

この世界にいなくてもいい人間はひとりもいないんだよ

春の嵐には冷や冷やさせられました。
7日の日曜日は暴風雨の中でも教会に行くつもりで、雨合羽と長靴、着替えも用意していました。幸い朝は雨が止んでおり、強風の中なんとか徒歩で教会にたどり着きました。
その日は何があっても休むわけにはいかなかったのです。

2週間ほど前のこと、教会学校の教師としての証しをしてくださいと牧師先生から依頼されました。なぜわたしが? 小学科の教師は20人もいるのに……と思いましたが、祈って引き受けました。
教会学校教師になったきっかけや動機、教会学校教師として奉仕してきた恵み、今、担当している小学科の紹介といった内容を含むことを期待しますと言われました。
幸いわたしひとりではなく、午前中の礼拝が3回あるので、3人の証し者がたてられました。

証し文を書いて牧師先生に送ると、「この証しがメッセージの一部となります」と言われ、身が引き締まる思いがしました。
講壇に上がるだけでも緊張するのに落ち着いて語れるだろうかと心配になりました。
200名近くの人がいるのですから……。でも、人を見ていては恐れが増すばかりです。
バッハのサイン、SDG(ただ神の栄光のために)を思い出して、会衆をほとんど意識せずに原稿を読ませていただきました。

その原稿を紹介させていただきます。
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わたしが教会学校で奉仕するようになったのは、土浦に引っ越してきて2年ほどたったときのことでした。車の運転のできないわたしは最初、4歳の長女と小学2年生の長男を自転車の前後に乗せ、教会へ送っていました。   
教会学校を見学していると「CS教師になりませんか」と校長先生から声をかけていただき、奉仕することになりました。それから二十数年。
今日は22回目の教師任命式に預かることになりました。教師任命式の時は毎回震えます。はたして自分は子どもたちの前に立って語る資格のある者なのだろうか……と思うと恐ろしくて震えてしまうのです。

子どもたちはまっすぐです。お話を素直な心でそのまま受け止めます。教師の神様に対する姿勢が子どもたちに伝わります。間違ったことを話してしまったらどうしよう。という恐れがわき上がります。
メッセージを担当するときは、聖書を読んで思いを巡らし、子どもたちに主のみこころを正しく伝えられるように必死に祈りながら準備します。そうすると、神様はこの弱き者に必要な知恵と力を与えてくださいます。主によって子どもたちの前に立たせられていることを実感しながら、お話ししています。

子どもたちの反応にはっとさせられることがあります。十字架の話をしたとき、小学一年生の子どもが「イエス様はわたしの罪のために十字架にかかって死んでくださったんだよね」と、目に涙をためながら言いました。
なんという素直な信仰でしょう。子どもたちの信仰を見習いたいと思います。

長年教師をさせていただいて、色々なことがありました。いちばん嬉しかったことは、わたしが乳がんの手術を受けることになったとき、子どもたちの声を録音したカセットテープが病床に届けられたことです。

「〇〇先生。がんばって」の一言でしたが、分級の子どもたちが祈り心で言ってくれたエールにどれだけ力づけられたことでしょう。 
受け持った子どもたちがテイーンズになって洗礼を受けるときは、大きな喜びです。その中でCS教師になる者も出てきました。あのAちゃんが……Bくんが……と感慨深いです。

体調が悪い時でも、CSで子どもたちが元気に賛美する姿を見ていると、不思議に元気になります。

わたしは中学生のころ、自分の存在価値がわからなくて死にたいと思っていました。強い劣等感があって、自分なんか何の価値もないんだ。生まれてこない方がよかったとさえ思っていました。
クリスチャンホームではありません。まわりにクリスチャンがいなかったので、イエス様のことを知りませんでした。

大人になって教会に通うようになり、聖書の中に「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」という箇所をみつけたとき、とびあがりたいほど大きな喜びに包まれました。

天地万物を造られた神様は、わたしのことを造ってくださり、高価で尊い者だとおっしゃっておられるのです。愛するひとり子の命を差し出してまでわたしのことを愛してくださっているのです。そのことに気づいて、はじめて自分の存在が価値あるものだとわかりました。
このことを子どもの時に知っていたら、どんなによかっただろうと思います。もし何かのきっかけがあったら、わたしは自殺していたかもしれなかったのでした。

小中学生の自殺のニュースが流れるたびに思います。自殺する前に、「この世界にいなくてもいい人間はひとりもいないんだよ。あなたは神様から愛されている尊い存在なんだよ」と伝えたかったと。

教会学校に通っている子どもたちは幸いです。このことを知っているからです。また、いちばん大切なものは何か知っているからです。
子どもたちが輝いて生きるために、わたし自身も神様によって輝かせていただきたいと願っています。


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このあとで、小学科のようすの写真をプロジェクターに映して説明しました。

posted by 土筆文香 at 16:29| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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