2014年02月07日

人は人を幸せにできるの?

インフルエンザが猛威を振るっています。ヒックンも月曜日からインフルエンザB型にかかり、39℃の熱が出たと言っていました。先週の土、日に遊びに来たときは元気だったのに……。

火曜日にヒックンママが「お父さんやお母さんにうつしたのではないでしょうか」と心配してメールをくれたときは、皆元気でした。

ところが、主人が夕べから発熱。37.2の微熱ですが、今日病院へ行って調べてもらうと、やはりB型インフルエンザでした。
いつもいちばんにかかるわたしは、いたって元気です。
今年は予防接種を受けていてもかかるということなので、注射をしたからというわけでもなさそうです。


一昨日は今年初めて聖書輪読会をしました。3人で旧約聖書民数記の10〜14章を読みました。
モーセたち、イスラエルの民は神様がくださると約束してくださった地をめざして旅をしていました。モーセは舅に一緒に旅をしようとさそいました。そのとき、次のように言っています。

「私たちは、主があなたがたに与えると言われた場所へ出発するところです。私たちといっしょに行きましょう。私たちはあなたをしあわせにします。主がイスラエルにしあわせを約束しておられるからです。」(民数記10:29)

しあわせという言葉がひらかなで書かれていることに注目しました。『幸せ』とは、この世の幸せですが、『しあわせ』とは、神様が共にいてくださるという『しあわせ』なのだと教えていただきました。

男性が相手の両親に結婚のあいさつをするときよく「御嬢さんを幸せにしますから結婚させてください」と言いますが、人が人を幸せにできるのでしょうか……。

この世の幸せとは、無病息災、商売繁盛の言葉に集約されますね。
災害や事故、病気などを起こさないようにすることは不可能です。人がいくら気を付けても努力しても、長い一生の間、ずうっと幸せでいられるという保障はどこにもありません。
幸せを願うことは悪いことではありません。でも、幸せが人生の目的であったら、その幸せが失われたとき、絶望してしまいますね。

一方「しあわせ」だと、病気をしていても事故や災害に遭っても、どんな辛い目にあっても心に平安があります。それは、神様が一緒にいてくださるから、どんなことが起きてもだいじょうぶと思えるのです。

モーセは舅に「しあわせ」を約束しました。それには根拠があります。「主がイスラエルにしあわせを約束しておられるからです。」とあるように『神様がしあわせにしてくださると約束してくださったのだから、その約束は本当です』と確信を持って言っているのです。

物質的に恵まれても心に憂いがあるとしあわせではありませんね。本当のしあわせとは、人のすべての考えにまさる平安を持っていることです。

「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」(ピリピ4:6〜7)
posted by 土筆文香 at 17:26| ハテナシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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