2014年06月06日

神様は不公平ですか?

音をたてて雨が降っています。暑い日が続いていたので、嬉しい梅雨入りとなりました。

「信仰を持つとはどういうこと?」と聞かれることがあります。
水曜礼拝で、「神の語りかけを聞いて応答することが信仰を持つということです」と教えていただきました。

神の語りかけとはどういうことでしょう。信じている人には神の声が聞こえるのでしょうか……。そうではありません。
それなら、どのようにして神様は語りかけてくださるのでしょうか。そして、応答するとはどういうことなのでしょう。

人が生まれつき備わっているものや、自分で選んだり変えたりすることができないまわりの環境が、神からの語りかけになっているそうです。
この時代に日本人として生まれたこと、女性であること、両親、容貌、生まれつきの性格など……。

かつてわたしはすべてがいやで文句ばかり言っていました。とくに体が弱いことが不満でした。聖書に書かれている神の存在は知らなくても、大いなるものの存在は感じていましたから、そのお方に不平を言っていました。
他の人と比較して、自分が持ってない健康、容貌、能力が羨ましいと思い、「神様は不公平だ」言っていました。

聖書に示され、わたしを造ってくださった神様がどんなお方かわかったとき、神様はわたしにふさわしい要素を生まれる前から備えてくださったのだと知りました。どんな要素にも目的と意味があるのです。
たとえば、生まれつき体が弱いことは、じっとして体を休める時間が長いことによって、物事をじっくり考える習慣がつく。神様のしてくださったことをゆっくり思いめぐらすことができる。

いろいろな病気で苦しむことによって、病で同じような苦しみの中にある人を慰めることができるなど……。
神様は、マイナスと思われる要素でさえ、よいことのために備えてくださっているのです。

「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。(エペソ2:10)」

置かれた環境や毎日起きる色々な出来事、ほんのささいな日常の出来事の中にも神様からの語りかけがあります。
それを見逃さないようにしてしっかりと聞き、応答していきたいなあと思いました。

「それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。私は感謝します。あなたは私に、奇しいことをなさって恐ろしいほどです。私のたましいは、それをよく知っています。私がひそかに造られ、地の深いところで仕組まれたとき、私の骨組みはあなたに隠れてはいませんでした。あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物にすべてが、書きしるされました。(詩編139:13-16)」
posted by 土筆文香 at 16:09| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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