2014年06月14日

笑い上戸(その2)


 さやかは亜佐美に背を向けてむっつりしていたが、ようやく口を開いた。
「わたしを笑わせたら、劇に出てもいいよ」

(やった!)亜佐美はガッツポーズをした。
「アルミ缶の上にあるみかん。ふとんがふっとんだー。内臓がないぞう。梅はうめえ」
亜佐美はさやかを笑わせようと必死だ。
「猫が塀から落ちた。へえっ!」
さやかは二コリともせず、すましている。

(ヤバイよ。さやかが笑わなかったら、あたしが笑い上戸の役をやらなきゃなんない)
 翌日、亜佐美が笑い話のネタをいくつも考えて学校へいくと、さやかは学校にきていなかった。今まで休んだことがなかったのに。

 放課後、亜佐美はさやかの家に向かった。商店街の外れの細い路地裏をいくと、トタン屋根の平屋が並んでいた。一軒の家から五歳ぐらいの男の子が泣きながらとびだしてきた。

「待て、こら。逃げる気か」
 耳が痛くなるほどの声がして、父親らしき男が追いかけてきた。片手に酒瓶を持っている。亜佐美は思わず電信柱の陰に隠れた。
 男の子は顔をひきつらせてじっとしている。男は、子どもの襟首をつかんだ。

「やめて!」
そのとき、聞き覚えのある声がした。さやかだ。さやかが裸足でとびだしてきて男の子をかばうように抱くと、
「お父さん、サトルは悪くないでしょ」
といって、父親から酒瓶をとりあげ、男の子と一緒に家の中にもどった。

「こら、酒持っていくな!」
 父親の叫ぶ声のあとに、ケタケタケタとさやかのいつもの笑い声が響いてきた。

「アーハハハハハ、酒瓶がころがってる」
「ハッハッハッハッ」
「フフフフフ」

 父親と男の子の笑い声も聞こえた。亜佐美は声も出なかった。しばらく玄関の前に佇んでいると、さやかが気づいて顔を出した。
「亜佐美……」
 さやかはきまり悪そうな顔をした。
「今日休んだから、どうしたかと思って」
「ちょっと待って」
 さやかはくつをはいて出てきた。ふたりは日の当らない路地を並んで歩いた。

「母さんが家出してから、父さんはお酒を飲むたびにサトルをたたいたり突き飛ばしたりするの」
さやかは下唇を噛んで地面をみつめた。

「わたしが面白いことをみつけて笑うと、父さんやサトルも笑って、平和になるんだ」
「それじゃ、学校で大笑いしてたのは……」
「つらいことを忘れるためだったの。ほんとはちっともおかしくなかった。でも、笑ってないと不安でたまらなくなるから……」
さやかの目からポロッと涙がこぼれ落ちた。
「……ごめん。王女の役はあたしがやるよ。死ぬ気でやればできるさ。ハハハ」
 亜佐美は作り笑いをした。

「そんな笑いじゃだめ。こうするの。ワーハハハハハ」
さやかはおなかをかかえて笑った。

「あっ、笑っちゃった。わたしの負けだね。劇に出るよ。出たら、心から笑えるようになれるかもしれないし」
といってまた笑った。
亜佐美もつられて笑った。心の棘が溶けていくような気がした。

                          おわり
posted by 土筆文香 at 21:02| 童話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

笑い上戸(その1)

久々に創作童話を掲載します。
原稿用紙7枚の作品を2回にわたって連載します。
感想を聞かせてくださると嬉しいです。


          
笑い上戸(その1)

                                            土筆文香

アーハッハ イーヒッツヒ ウーフッフ
今朝も五年三組の教室は笑い声にあふれていた。さやかはハンカチで涙を拭きながら、おなかをかかえて笑っている。
「何がそんなにおかしいんだよ?」
 遅れて登校してきた亜佐美が、さめた目でさやかをみた。
「えっと、何がおかしかったんだっけ……忘れちゃった。アーハハハハ」
 
さやかは忘れたことがおもしろくて、また笑った。亜佐美はあきれながらも自然に顔がほころんでくるのを感じた。
さやかは一日に何回大笑いするんだろう。鉛筆が転がっただけで笑うのだからおめでたい性格だ。きっと何の悩みもないんだろうな。
亜佐美はいつも怒っていた。何をしていても両親から「勉強は?」といわれる。いい返せば「いいかげんにしなさい」としかられる。ちっとも話を聞いてもらえないのでふてくされ、まるで心に棘が生えたようになってしまった。
 秋の学芸会で三組は劇をすることになった。

 脚本は作家志望の棚橋さんが書いた『ジャックと笑う王女さま』笑い上戸の王女が主人公で、王女の笑いを止めた男が王女と結婚できるというストーリーだ。

 亜佐美は、笑い上戸の役にさやかを推薦し、クラス全員が賛成した。
「それでは、王女の役は柿本さやかさんに決定しました。柿本さん、いいでしょうか」
 学級委員の中本君がいった。 
また大笑いするだろうと、亜佐美は隣の席のさやかを横目でみていた。さやかは笑わなかった。こわばった顔で返事もせずにじっと机の角をみている。こんな顔のさやかをみたのははじめてだ。

「返事しなよ。さやかにぴったりの役だよ」
亜佐美がささやくと、さやかは口を一文字に結んで首を横にふった。
「どうする、大木亜佐美。柿本がやらないなら、お前やれよ」
「何であたしがぁ。じょうだんじゃない」
 亜佐美はげんこつで机をたたいた。
「推薦したんだから、責任持てよ」
 中本君がいうと、

「そうだ、そうだ。柿本がやらないんだったら、大木がやればいい」と声が上がった。
「それでは、主役は大木さんがいいと思う人」
 いっせいに手が挙がった。
「多数決で主役は大木さんに決まりました」
「多数決で決めるなんて、反対」
 亜佐美が中本君をにらんだ。

「やりたくないんなら、柿本を説得しろよ」
 中本君がいうと、また「そうだ、そうだ」の声が上がる。
「みんなもそう言ってるから、決定します」

大勢の人の意見が正しいとは限らないのに何でも多数決で決めるやり方に亜佐美は腹を立てた。
こうなったら何としてもさやかに主役をやってもらうしかない。

 次の日、亜佐美はさやか顔をみて驚いた。唇がへの字になっている。笑ってないときでも、いつも微笑んでいたのに……。
「さやか、劇に出たら学校中の人気者だろ」
亜佐美は一生懸命さやかをおだてた。
「さやかほどいい笑い方をするヤツはいないよ。いつもつられて笑っちゃうし」
posted by 土筆文香 at 19:58| 童話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月26日

変えることのできないものは……

猛暑がもどってきました。明日からのCS夏期キャンプ、熱中症が心配です。

昨日は、児童文学者協会茨城支部の例会でした。1年ぐらいかけて書いている長編を合評していただきました。この作品は最初20枚でした。書き直して50枚になり、現在101枚。3回目の提出です。
読んでもらうだけでも大変だと思うのですが、みなさんていねいに読んできてくださり、意見を言って下さったので感謝しました。

「主人公が努力して勝ちとっていく成長物語でなくてはならないのに、受け入れて従って行く。導かれていくというのは、主体性がない。」
と言われました。
そのことは、わたしの作品に対してよく言われることです。

確かにそうでしょう。でも、本当の主人公は少年ではなくて、その父親なのです。
「テーマは父の無償の愛なんです」と言うと、「それがよくわかるように書いてほしい」と言われました。うーん。書いたつもりなのですが……。伝わっていないのですね。
そのほか、後半を書き急いだことも指摘され、またまた書き直しです。完成までの道は遠いです。

クリスチャンは、神様のみ心を第一に求めて、それに従っていきたいと願っています。自分の思いではなく、神様の思いを優先させたいのです。
そのような生き方は『主体性のない生き方』と捉えられることがあります。

世間では、一生懸命努力して自分の力で勝ち取って行く生き方がよしとされる傾向があります。童話を書いている仲間で『がんばって努力すれば報われる』ことをテーマとして書いている人は多いです。

けれども、自分の力ではどうしようもないことにぶつかったときはどうするのでしょう。現実には、努力しても報われないこともたくさんあり、自分の意志に反する状況に置かれ、その状況を変えることが不可能だとしたら、どうしたらいいのでしょう。

今回のわたしの作品は、戦国時代の小説です。少年が父親に反抗して家を飛び出します。どんなに働いても貧しさから抜け出すことのできない暮らしに別れを告げ、成功して城主になろうという夢を抱いて出発するのですが、人買いに売り渡されて見世物小屋で働くことになり、自分の無力さを思い知らされます。
どうしてもその状況から抜け出せないとわかったとき、受容していきます。のちに父親と再会し、父親が身代わりとなって助け出してくれます。

自分の力でどうしようもないところに置かれたときは受け入れられるように。努力によって変えることができることに対しては努力を惜しまないという生き方をしたいと思っているので、それが作品にも現れます。

ラインホルト・ニーバーの書いた詩を紹介します。(2006年にもこのブログで紹介しています)



                 祈り

変えることのできないものに対しては、

それを受け入れるだけの冷静さを、

変えることのできるものに対しては、

それを変えるだけの勇気を、

そして、変えることのできないものと、

変えることのできるものとを見分ける知恵をわたしに与えて下さい
posted by 土筆文香 at 16:42| 童話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月17日

でんでんむしのかなしみ

来年は新美南吉(1913年〜1943年)の生誕百周年です。
南吉と聞いてピンとこない人でも「ごんぎつね」の作者といえばおわかりになると思います。
北の賢治(宮沢賢治)、南の南吉といわれたほどの童話作家です。

「ごんぎつね」は今でも小学校の国語の教科書に載っていると聞いて嬉しくなりました。いつから載るようになったのでしょうか……。わたしが小学生の時は載っていませんでしたが、6歳年下の妹の教科書に載っていました。

わたしが初めて南吉の童話に出会ったのは、高校生の時、妹の教科書からでした。「ごんぎつね」を読んで涙が止まらなくなりました。相手に気持ちが伝わらない悲しみに深く共感したのです。

また、南吉の書いた童話で「でんでんむしの悲しみ」という作品があります。美智子皇后が推薦されて有名になり、絵本にもなっています。

童話には自分の殻だけでなく、友達の殻にも悲しみが詰まっていることに気づくでんでんむしのことが書かれています。
紹介させていただきます


  
でんでんむしのかなしみ


  一ぴきの でんでんむしが ありました。
  あるひ、その でんでんむしは、たいへんな ことに きが つきました。

「わたしは いままで、うっかりして いたけれど、わたしの せなかの からの なかには、かなしみが いっぱい つまって いるではないか。」
 
 この かなしみは、どう したら よいでしょう。
 でんでんむしは、おともだちの でんでんむしの ところに やっていきました。
 
「わたしは もう、いきて いられません。」
と、その でんでんむしは、おともだちに いいました。

「なんですか。」
と、おともだちの でんでんむしは ききました。
「わたしは、なんと いう、ふしあわせな ものでしょう。わたしの せなかの からの なかには、かなしみが、いっぱい つまって いるのです。」
と、はじめの でんでんむしが、はなしました。

 すると、おともだちの でんでんむしは いいました。
「あなたばかりでは ありません。わたしの せなかにも、かなしみは いっぱいです。」

 それじゃ しかたないと おもって、はじめの でんでんむしは、べつの おともだちの ところへ いきました。

 すると、その おともだちも いいました。
「あなたばかりじゃ ありません。わたしの せなかにも、かなしみはいっぱいです。」
 そこで、はじめの でんでんむしは、また べつの、おともだちの ところへ いきました。

 こうして、おともだちを じゅんじゅんに たずねて いきましたが、どの ともだちも、おなじ ことを いうので ありました。
 とうとう、はじめの でんでんむしは、きが つきました。

「かなしみは、だれでも もって いるのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしの かなしみを、こらえて いかなきゃ ならない。」
 そして、この でんでんむしは、もう、なげくのを やめたので あります。



わたしは、この作品をお借りして、「でんでんむしのよろこび」という童話を書きました。
童話はわたしのHP「生かされて・・・土筆文香」に前半を掲載しました(久々の更新です)のでご覧ください。後半は後日アップします。

(南吉のことは2011年9月14日ブログ「生かされて」にも書いていますので合わせてお読みいただけると嬉しいです。)


posted by 土筆文香 at 17:39| 童話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月31日

色をなくしたインコ(その3)

今回は最終回です。

(七)
「もうそろそろいいだろう」
ノアがやってきて、天井の窓を少し開くと、サーッと光がさしこんできました。久しぶりの日の光に、一同はまぶしくて一瞬何もみえませんでした。

しばらくしてみえてきたとき、レアが「ククククー」とおどろきの声を上げました。
自分にはちゃんと色があるのにヨエルが灰色一色になっていたからです。
「ヨエル……ああ、なんていうこと……」
レアはショックでふるえています。

「ポポが元気になるんだったら、これでいい」
ヨエルは神さまが祈りをきいてくださったのだと思いました。

それでもヨエルは美しい色がなくなってしまったことがショックでした。じまんできるものが何もなくなってしまったのです。ノアはもう自分のことをかわいがってくれないでしょう。

悲しくて、悲しくて歌もうたわず、おしゃべりもせず、うつらうつら寝てばかりいました。
ヨエルは、ノアが最初にカラスを連れて部屋を出て行き、次にポポの奥さんのルルを連れて部屋を出たことに気づきませんでした。

(八)
ルルがもどってきたときから、ポポは食事をするようになりました。
ノアは、水がどれくらいひいているのか調べるのにハトを使ったのです。一週間後に今度はポポを外に放つとノアが言いました。それを聞いたポポは、灰色の鳥でも人間の役に立てることを知って嬉しくなり、えさを食べはじめたのです。

ノアが、すっかり元気になったポポを連れて部屋を出ていったときも、ヨエルは気づきませんでした。
「ポッポッポッ、みんな、聞いて! 嬉しい知らせだよ」
ポポがノアのかたにとまって部屋に入ってきました。ノアの手にはつややかな緑のオリーブの葉がありました。

「ポポがこれをくわえてきた。外は大洪水だったが、このオリーブの葉は水がひいてきた証拠じゃ」
「もうすぐ舟から出られるの?」
レアがたずねました。
「そうじゃよ」
「また、大空をとべるんだな」
ダイゴがはねを広げました。

「やったー!チチチ」
「バンザーイ、チュンチュン」
鳥たちは大喜びです。
元気なポポの姿をみてヨエルはほっとしました。けれども、舟から出られると聞いてもちっとも嬉しくありません。

ノアは、浮かない顔をしてそっぽを向いているヨエルに気づきました。ノアは灰色になったヨエルをみておどろきもせず、ヨエルの頭をなでました。
「おれのはね、きれいな色じゃなくなっちゃったよ」
「ちっともかまやしない。お前は大事な鳥だ。わしはお前のことが大好きじゃ」
ノアはヨエルの灰色のはねにほおずりしました。

(九)
ついに箱舟から出る日がきました。窓が大きく開かれ、いっせいに鳥たちがとび出しました。ヨエルは、灰色のはねでも大好きといってくれたノアの言葉で元気を取りもどしていました。
ヨエルはレアと連れだって大空をとびまわりました。ヨエルとレアが木の枝ではねを休めると、ポポとルルがすぐ隣の枝にとまりました。
「ポポ、ごめんな。おれが悪かったよ」
「ヨエル、ごめん。ぼくこそ悪かった」
二羽はお互いに心からあやまりました。

空に七色の線がすうーっと引かれ、虹が出ました。ヨエルは虹に向かって飛びたちました。
ヨエルの体が虹の中にすっぽり入りました。虹から出たとき、レアは驚いて目を丸くしました。ヨエルのはねが虹色に染まっていたからです。

ヨエルのはねは以前より美しくなりました。でも、ヨエルは決してだれにもじまんしませんでした。だって、はねの色は自分がつけたのではなく、染めてもらったものだからです。

ポポとルルにも虹の光が注がれました。ハトの首に虹色の首輪がみえるのは、このとき虹の光を浴びたからでした。

                    おわり



最後まで読んでくださってありがとうございました。

posted by 土筆文香 at 16:52| 童話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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