2012年07月18日

いじめられているあなたへ

朝日新聞の一面に「いじめられている君へ」と題して書かれた記事が連日掲載されています。わたしは「いじめられているあなたへ」手紙を書きました。


世界中で自分だけがこんなにひどい目にあっている。だれも自分のことを理解してくれない。毎日がつらくて、生きるのが苦しいと思っていませんか。

40年以上も前ことですが、わたしも小学校、中学校のときいじめられました。小学校6年生のとき、体育の授業で幅跳びをしました。運動の苦手だったわたしは、必死に走って跳びました。それをみていたクラスの子が、「ガニウマ!」と言って笑いました。

ガニマタで馬のような走り方をしたからだそうです。「ガニウマ」は、それ以来わたしのあだ名になってしまいました。

一か月ぐらいたったとき、学級会で「最近いやなあだ名をつけられて傷ついている人がいるので、そう言う人は訴えて下さい。いやがっている人にはあだ名で呼ぶのはやめましょう。」という意見が出ました。数人が手を上げて「こんなあだ名で呼ばれるのはいやなのでやめてください」と発言すると、そのあだ名で呼んではいけないということになりました。

引っ込み思案のわたしはそれまで手を挙げて発言したことがなかったのですが、勇気を振り絞って「ガニウマと呼ぶのはやめてください」と言いました。

すると、「ガニウマって呼ばれてるんだ。おもしろいな」とひとりの男子に言われ、それからますますガニウマと呼ばれるようになってしまいました。何のための学級会だったのでしょう。
先生も教室にいて聞いていたはずなのに何のフォローもありませんでした。

中学1年のときは、東京から神戸の学校に転校したので、関東弁をしゃべっているということでいじめられました。「東京で買った筆箱なんやろ!」と言われ、筆箱をごみ箱に捨てられたりしました。中2のときは、クラスで友達がひとりもいませんでした。

でも、当時のいじめは、それ以上エスカレートすることはありませんでした。
今はメールで悪口を流したり、掲示板に書き込んだり、集団で暴行をしたり、脅したり、お金をまきあげたり……どんどん悪質になっていきます。自殺者が出て初めて問題が明るみに出るのでは遅いですね。

覚えていてほしいことがあります。
どんなひどい悪口を言われたり、暴行を受けたりしても、あなたの人格が損なわれることはありません。

たとえば「バカ」と言われたとしても、言われた人が「バカ」になるわけではないですね。
「お前なんか死んでしまえ」と言われたとしても、その通り受け止めないでください。その人が無責任に言っているだけです。もし、本当に死んでほしいと思っているのだとしたら、その人に大きな問題があるのです。

世の中には死んだ方がよい人間なんてひとりもいないのです。ひとりひとり使命があってこの世界に生まれてきたのですから、どんな人でも大きな価値があるのです。

また、「みんな言っている」という言葉に注意してください。
「あの人はうそつきだって『みんな』言ってるよ」と言われたことがありました。『みんな』と言われると、学校中、町中の人がそう言っているように感じ、恐ろしくなりました。

そんなことは決してありません。悪口を言う人は、後ろめたい気持ちがありますから、同意する人がみつかると嬉しいのです。同じように悪口を言う人がひとりでもみつかると、「『みんな』言ってる」と言います。『みんな』はすべての人ではありません。

今はどんなにつらくても、トンネルには必ず出口があるように必ず希望の光が見えてきます。あなたは知らなくても、あなたのことを心配し、大切に思っていてくれる方がいますから決して絶望しないでください。

あなたの存在は尊いです。どうか、かけがえのないいのちをたいせつにしてください。

posted by 土筆文香 at 17:21| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月02日

心を動かすメッセージ

明日からスクーリングに出かけるので、その準備と日本・クリスチャン・ペンクラブ(JCP)で秋に出版する本の校正で大忙しの一日でした。


土曜日のCS(教会学校)教師研修会は、実りある楽しい時間でした。親子クラスから幼稚科、小学科、ティーンズ(中高科)の教師50名以上が参加しました。牧師先生からレクチャーを受け、夕食を共にしました。また、夕食後は小学科の教師だけ小グループに分かれての語らいの時があって、充実した時間を過ごしました。

人の心を動かすようなメッセージを伝えるにはどうしたらよいか……を考えるために「男はつらいよ」47作からのDVDを見せていただきました。

鉛筆を買ってもらうために満男(寅さんの甥)は、「この鉛筆、買って下さい」と言いたいことを直接言葉にします。

一方、寅さんは、鉛筆を削ってくれたお母さんのことを語り、鉛筆と共に生きた暖かい幸せな生活を語りました。相手は、鉛筆を持ったら暖かい生活ができるかもしれないと思って、鉛筆を買いたくなります。
言いたいことを直接言わず、イメージを提示することが大切なのです。

「メッセージは神がいる生活・世界を描き、その世界が聞き手とどういう関係にあるか感じさせることが基本」だと教えていただきました。



このことは、子どもたちに聖書のお話しをするときだけでなく、人に伝えるとき、書いて伝えるときにも当てはまると思いました。

わたしは長い間創作をしていますが、初期のころは、あきらかにキリストをあらわす人物を登場させ、伝えたいことをダイレクトにセリフにしていました。
その作品は、読んだ人の心を動かすことがなく、メッセージは届きませんでした。

いまは言葉ではなく、作品のストーリーそのものが「神の愛」をあらわすものにしたいと願って書いていますが、そのように書けているのかどうかわかりません。書けるようになりたいと祈りつつ……。
posted by 土筆文香 at 21:23| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月08日

人とは何者なのでしょう

今月は病院通いで忙しいです。
内科と外科と婦人科にかかっていて、先日の婦人科では6時間も待たされてしまいました。ある程度元気じゃないと病院へは行けませんね。
今日は午後から久しぶりの外科に行きます。乳がんの手術後8年半たったので、検査の日にちを決めるため、受診予約しました。予約していてもいつも3時間ぐらい待たされます。バッグには分厚い本を2冊入れました。

一昨日は太陽を金星が通過するのが見えるという稀な日だったのに、あいにくのお天気で見ることができませんでした。
惑星が地球と太陽の間を通過するという稀な配置になる可能性があるのは、地球よりも太陽に近い水星と金星だけだとか。金星のトランジットは、400年以上前に天体望遠鏡が発明されて以降、わずか6回しか起きていないと聞いて驚きました。
 次に金星が太陽表面を移動するのが観測されるのは、105年後だそうです。


宇宙のことを考えるとワクワクします。こんなに科学が発達している現在でも謎がたくさんあります。謎があるということは、空想の余地があるということです。宇宙人がいないという証拠はありません。人類と遭遇していないだけかもしれません。
CSルイスの本にこんなことが書かれていました。



「懐疑的な人は、神がこのちっぽけな惑星にだけ【下ってきた】というようなことをどうして信じられるのか、と問う。(中略)

宇宙は全然救いを必要としない幸福な生物で満ちているかもしれない。あるいはまた、われわれには想像もできないような、彼らの状態にふさわしい方法で救われた生物が、宇宙を満たしているかもしれない。

いや、われわれと全く同じ方法で救われた生物が宇宙を占めているのかもしれない。それとも、われわれには関心がないが、神には関心のある、生命とはまったく違ったものが宇宙に満ちあふれているのかもしれない。

ともあれ、地球のようなちっぽけで無価値なものが創造者の愛を受けるに値するとは思えない。キリストが人間のために死んだのは、人間が本質的にそれに価したからではなく、キリストが本質的に愛であり、従って、無限に愛する者であるからである。」
『奇跡…信仰の論理』 CSルイス著 柳生直行訳(みくに書店)



わたしはこのページに「この考え方素敵!」と鉛筆で書きこんでいました。
英国の神学者、英文学者で「ナルニア」の作者であるルイスだからこその発想です。

『われわれには関心がないが、神には関心のある、生命とはまったく違ったものが宇宙にはあふれている』かもしれないと考えると、なんだか嬉しくなりますね。

広大な宇宙を想うとき、「人とは何者なのでしょう……」と書いたダビデに共感します。宇宙を想ったら、地球、そしてその中で暮らしている人間などはちっぽけな存在です。神の愛に値するものだとは思えません。

それなのに神様は惜しみなく愛を注いで下さいました。
広大な宇宙を創造された神が、罪を犯して、魂が滅びるしかないわたしたち人間を顧みてくださって、救うためにひとり子イエスさまのいのちを与えてくださったことがどれだけ素晴らしいことか……。雄大な自然、宇宙の神秘にふれるといつも思います。



あなたの指の業である天を見、
あなたが整えられた月や星を見ますのに、
人とは何者なのでしょう。
あなたがこれを心に留められるとは。
人の子とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを顧みられるとは。(詩編8:3、4)



posted by 土筆文香 at 10:14| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月21日

究極の悲しみ

昨日は主人の実家のお墓参りにいってきました。電車4回乗り換えて片道3時間の長旅でした。


再び新美南吉のことを書きます。南吉は人間の究極の悲しみを知っていたのだと思います。
悲しみにはいろいろな種類がありますが、究極の悲しみは存在そのものにあるとわたしは考えています。
自分の存在が悲しいのです。なぜでしょう……。

人間は本来愛されるために生まれました。人は神によって造られ、神に愛されたからです。

最初の人、アダムとエバは神様と共にエデンの園という楽園で暮らしていました。そこには苦しみも涙もありませんでした。
ところが、神様が食べてはいけないと命じていた木の実をへびにそそのかされてエバが食べ、アダムも食べてしまいました。そのとき、罪が人類に入ったと聖書には書かれています。

その時以来、人間は労苦して糧を得なければならなくなり、やがては年老いて死ぬ者になりました。

アダムとエバは楽園から追放されてしまいますが、神様はふたりに皮の衣を着せました。皮の衣は後に来てくださる救い主イエス・キリストを表しているそうです。

エデンの園から追放したときに神様は人類を救済する計画を立ててくださっていました。
聖書は人類の救済史だと言われています。

人間は生まれながらの罪を持っていること。やがては死んでしまう存在だということが究極の悲しみなのです。死で終わってしまう人生はなんとむなしいものでしょう……。

南吉はそれに気づいて、「でんでんむしのかなしみ」をかいたのでは?と考えます。
でも、それには救いがありません。

わたしが「でんでんむしのよろこび」を書いたのは、この究極の悲しみがなくなる道があると読者に伝えたかったからです。

イエス・キリストの十字架の死によって人類の罪が赦され、永遠の命をいただくことができるようになったのです。これを福音(ふくいん)と言います。

「でんでんむしのよろこび」後半にジョイジョイさんというかたつむりが出てきますが、キリストをイメージして書きました。

さきほど「でんでんむしのよろこび(2)」を「生かされて・・・土筆文香」のHPにアップしましたので、読んでいただけると嬉しいです。


「でんでんむしのよろこび」は4パターン書きました。日本クリスチャン・ペンクラブ提出用と児童文学者協会提出用と、紙芝居用。そして今回HP用に新しく書きました。HP用に書いたのがいちばん書きたかった作品です。


posted by 土筆文香 at 20:12| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月02日

眠れぬ夜を過ごしているあなたへ

30日から泊まりに来た母は、今日帰って行きました。
ちょうどこの時期、クリスマスの準備でしなければならないことが山積みになっていました。それで母に手伝ってもらうことにしました。

CSの子どもたちが制作するクリスマスカードの用紙を切ったり、サンプルを作ったり。
下手なピアノを聴いてもらったり……。

子ども家庭集会クリスマスで行うパネルシアターは、母の前で予行演習をしました。
母には信仰の話をよくしていますが、これまでイエス様の話をダイレクトにすることは少なかったのです。今回子ども向けのクリスマス童話を通して、クリスマスの本当の意味を伝えることができました。
母は手伝いができたことを喜んでいました。

今日は、ヒックンがまた熱を出して早朝から連れてくるというハプニングがありましたが、今回は会えないと思っていたひ孫に会えて、母は嬉しそうでした。


先日ブログに248人もの方が訪れて下さったので驚きました。自分の存在について悩みを持っておられる方が多いのではないかと思いました。

年間の自殺者が3万人を超えている現実を考えると、眠れぬ夜を過ごしている方、耐えがたい思いに悶々としている方がおられることを思い、心が痛みます。

眠れない方のために祈った2人の祈りをOBI(お茶の水聖書学院)で教えていただきましたので、紹介させていただきます。


今宵、眠りにつけぬ者、まんじりともしない者、
一夜を泣き明かす者と
どうかともにいて下さい。
安眠する者を守るよう、天使に命じて下さい。
キリストよ、どうか、やめる者をみとり、
疲れた者に安らぎを与え、(中略)
苦しんでいる者の痛みを和らげ
いたずきある者を憐れんで下さい。
             アウグスチヌス

今宵、どうか、私たちそれぞれとともにいてください。
眠れずに目覚めている者があるなら、
暗黒の時を堪えやすくして下さい。(中略)
悲しみを迎えることがあっても、
それに堪える力をお与え下さいますよう。
        ロバート・ルイス・スチーブンソン
                「祈りの花束」(ヴェロニカ・ズンデル編)


眠れないで苦しんでいるあなた。ひとりではありません。このようにあなたのために祈っている人がいることを覚えて下さい。
わたしも眠りにつく前に眠れない人のために祈っています。

posted by 土筆文香 at 17:32| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。