2014年09月05日

赦すとは……

先日の水曜礼拝では「ヤコブの神」というテーマでメッセージを聞きました。
一時間以上に及ぶメッセージでした。ヤコブの生涯について語られたのですが、ヤコブの息子ヨセフのことにも触れ、『赦す』ということについて新たに教えられました。


ヨセフには11人の兄弟がいたのですが、父ヤコブに特別扱いされ、ヨセフだけそでつきの長服を着ていました。そのことで兄たちはヨセフを憎みました。

ヨセフは11の麦の束が自分におじぎをした夢、太陽と月、11の星が自分を伏し拝んだという夢をみます。それを兄たちに話をしたことで、兄たちはヨセフに殺意を抱くようになります。

ヨセフは兄たちの計らいによって、エジプトに売られてしまいます。父ヤコブには、動物の血をつけたヨセフの長服をみせて、獣に殺されたと話します。

ヨセフはエジプトで奴隷として働かされ、あらぬ嫌疑をかけられて牢屋に入れられますが、何年もたったあとで牢屋から出されます。

ヨセフはエジプトの王、パロの夢の意味を解いたため、エジプトの大臣になります。その後、パロのみた夢の通りエジプトの付近はひどいききんにおそわれますが、ヨセフのおかげでエジプトはききんのときにも食料が十分蓄えられていました。

そのうわさをきいて、ヨセフの兄弟たちが食料を買いにエジプトにやってきます。兄弟たちとひさしぶりに再会するのですが、兄たちは大臣がまさかヨセフだと思いません。ヨセフは涙をこらえて最初は知らないふりをしていました。

そして、とうとうこらえられなくなって、自分がヨセフであることをあかし、兄たちと涙の再会を果たすのです。
ヨセフは父ヤコブと兄たちとその家族をエジプトに招いて住まわせます。ヤコブが死んだとき、兄弟たちはヨセフが復讐するのではないかと恐れます。(創世記37章〜50章に書かれています)

そのときに言ったヨセフの言葉を紹介します。
「ヨセフは彼らに言った。『恐れることはありません。どうして私が神の代わりでしょうか。あなたがたは、私に悪を計らいましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。(創世記50:19-20)」

ヨセフ物語を読むと、ヨセフが兄たちを赦したことに心打たれます。なぜ赦せたのでしょう……。その理由を何年も探っていました。
父親に愛されて何不自由なく暮らしていたのに兄によってエジプトに売られてしまったこと。エジプトの地で辛い目に遭ったことなど思うと兄たちをすんなりと赦すことはできないと思ったのです。

ヨセフは、自分の心に留めておけばいいのに兄たちに夢の話をして憎しみを買うようなことをしてしまいました。その罪に気づき、兄たちのしたことは仕方のないことだと思ったから赦せたのかなと思っていました。でも、そうではなかったのです。


ヨセフは「あなたがたは、私に悪を計らいました」と言っているので、兄たちのやったことは悪いとみなしています。
赦すというのは、過去が悪くないというのではなく、過去の事実に神が新しい意味をくださったことを知ることなのだと教えていただきました。

兄たちがエジプトに売りとばしたことを、『神が遣わした』と捉えられたとき、赦すことができたのです。
ヨセフがこの心境になるまでには20年の年月が必要だったと聞いて、納得しました。

エジプトに売られた当初は、葛藤もあったでしょう。牢屋に入れられたときは、まじめに働いていたのになぜ?という思いもあったでしょう。でも、ヨセフはいつも神様を見上げていました。
牢屋にいるとき、ヨセフが献酌官の夢を解き明かし、献酌官が赦されて牢を出されたので、無実の罪で牢に入れられた自分のことを王に話すように頼みました。ヨセフはこれでようやく牢屋から出されると期待したことでしょう。

ところが献酌官は忘れてしまいました。いつまでたっても牢屋から出されないので、ヨセフは辛かったことでしょう。でも、神様の時を待っていました。

出されたのはパロが不思議な夢をみたときでした。パロの夢を解いたことで、ヨセフはエジプトの大臣になるのです。

牢から出される時が神の定めた時だと思わずにはいられなかったでしょう。そして、最初は憎んでいたかもしれない兄たちのことを赦せるようになったのは、ヨセフが兄たちがしたことすら神の計画の中にあったのだと気づいたからなのでしょう。
赦すには時間が必要なこと。意味の転換をして、「神様」を主語として考えることができたとき赦せるのだと気づかされました。
posted by 土筆文香 at 13:12| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月22日

嫌いだった自分

大雨によって広島で大きな土砂災害が起こりました。
今は九州が危険な状況になっているそうです。どうかこれ以上被害が出ませんように。
どうか被害に遭われた方を守ってください。


今朝、旧約聖書の詩編139編を読みました。この詩はダビデが書いたものです。
ひとつひとつのことばが心にしみこんでいきました。
「アーメン(その通り)、アーメン」と言いながら読みました。

自分のことが嫌いでたまらず、自分がみじめでならなかった中学生のころを思い出しました。
かつてわたしは、もし神様がいて、自分が神様によって造られたのなら、神様は意地悪で不公平だと思っていました。

「どうして、こんなふうに造ったのですか?」と訴えたい気持ちでした。
訴えたら神様は「きみを造るとき、ちょっと失敗したんだよ」と言うかもしれないなどと想像していました。

わたしは自分を馬鹿にした人、いじめた人を嫌いました。でも、いちばん嫌ったのは自分自身だったのです。
体が弱かったこと、喘息という持病があったこと、内気な性格。運動神経が鈍く、並はずれて不器用だったこと。そして容姿も嫌っていました。
自分にいいところなど何もないと思っていました。

すっと後になってから教会に導かれ、自分が神様によって造られたことを知りました。
造ってくださった神様がどんなお方か教えていただきました。
神様は、不公平な方でも意地悪な方でも失敗する方でもないことを知りました。
「それなら、なぜわたしがこんなふうなんですか?」 
暫くの間は神様に抵抗していました。

でも、あるとき自分のことが受け入れられたのです。人と比較してあの人より劣っている、あるいは優れているという思いから解放され、自分の弱さを含めて欠点をそのまま受け入れられたのです。

聖書を読んだとき、神様が「わたしは目的を持ってお前をそのように造った。そのままのお前でいいんだよ。」と言ってくださっていることがわかりました。神様は、かけがえのないひとり子のいのちを与えてまでわたしを生かしてくださったのです。
詩編139:13-18まで紹介します。


それはあなたが私の内臓を造り、
母の胎のうちで組み立てられたからです。
私は感謝します。
あなたは私に、奇しいことをなさって
恐ろしいほどです。
私のたましいは、それをよく知っています。
私がひそかに造られ、地の深いところで仕組まれたとき、
私の骨組はあなたに隠れてはいませんでした。
あなたの目は胎児の私を見られ、
あなたの書物にすべてが、書きしるされました。
私のために作られた日々が、
しかも、その一日もないうちに。
神よ。あなたの御思いを知るのは
なんとむずかしいことでしょう。
その総計は、なんと多いことでしょう。
それを数えようとしても、
それは砂よりも数多いのです。
私が目ざめるとき、
私はなおも、あなたとともにいます。
posted by 土筆文香 at 12:58| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月22日

無駄にならない苦しみ、涙、痛み

これは16日に書こうと思っていたブログ記事です。
15日はレストランで家庭集会を行いました。オーナーがクリスチャンなので、周囲を気にすることなく(といっても貸切状態でしたが)賛美し、祈ることができました。
学びの後は、おいしいランチをいただいて、話に花が咲きました。


新約聖書マルコ6:35-44「5つのパンと2匹の魚の奇跡」から学びました。

イエス様の話を聞きにきた群衆は、男だけで5千人もいました。群衆を解散させてくださいという弟子たちに対してイエス様は、「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい」と言われました。女、子どもも入れて1万人以上の人たちに食べさせるには200デナリ(労働者200日分の金額)も必要です。

弟子たちが困っていると、イエス様は「パンはどれぐらいありますか。行って見て来なさい。」と言われました。
そこにあったのは5つのパンと2匹の魚、たったこれだけでした。ヨハネ6:9には少年が持っていたものだと書かれています。

弟子たちは、こんな少しの食べ物が何の役に立つのだろうと思ったことでしょう。
弟子たちはこれまでイエス様が行ったたくさんの奇跡を見ていました。それなのにイエス様がどんなことでもできる方だということを忘れているのです。

イエス様が祈り、祝福してパンと魚を分けると、そこにいた群衆が皆満腹して、さらにパン切れを集めると12の籠いっぱいになったのです。

イエス様は、何もないところからパンと魚を出すこともできたのになぜ少年の持っていた5つのパンと2匹の魚を用いられたのでしょう……。

イエス様は人の目には無駄だと思えるものを用いてくださいます。

イエス様は、無駄なものを他の人をも生かす祝福と変えてくださいます。」とA先生が言われました。

「苦しみ、涙、痛みは無駄にならない」と聞いて慰められました。イエス様の目から見たら、無駄なものなどひとつもないのですね。
少年が自分の持っていたお弁当を差し出したように、イエス様はわたしたちの持っている物を差し出すことを求めておられます。

わたしの持っているものは少しです。何を差し出したらいいのでしょう。
与えられている時間を人のために使うこと、友のために祈ることも、イエス様に差し出すことになるのなら、喜んで捧げたいです。

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ8:28)」
posted by 土筆文香 at 13:02| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月16日

天を見上げて

13日に教会学校でステパノの殉教のお話をしました。お話の準備をしていて考えさせられたことを書かせていただきますね。

最初の殉教者と言われるステパノは、知恵と御霊(みたま)によって人々に福音(イエス様のしてくださったこと)を伝えていました。

ユダヤ人たちの中でステパノを憎む者たちがいました。ステパノをなんとか言い負かしてやろうと議論するのですが、ステパノは知恵と御霊によって語ったので、対抗できませんでした。それで嘘の証言によりステパノをつかまえ、裁判にかけました。

憎しみに満ちた人たちの前に立たされたとき、ステパノの顔は御使(みつか)いのように見えたそうです。何の悪いこともしていないのに人々から貶められ、憎まれ、殺されそうになっているときになぜ穏やかでいられたのでしょう。

ステパノは大祭司の前で旧約聖書に書かれているアブラハムから始まるイスラエルの歴史を淡々と語ります。それは聖書(使徒の働き7章)3ページに渡って書かれています。

ステパノが人々の罪を指摘すると、人々は激しく憎悪しました。
聖書には「人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしりした(使徒の働き7:54)」と書かれています。

一方ステパノは聖霊に満たされて「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。(使徒7:56)」と言いました。人の子とは、イエス様のことです。

人々はいっせいにステパノに殺到し、ステパノを町の外に連れて行って、石打ちの刑にしてしまいます。

石打ちの刑とは重罪を犯した人に石を投げて殺す刑罰で、姦淫の女が石打ちの刑にされそうになっているとき、イエス様が助けたことが福音書に書かれています。

ステパノは石を投げられているとき、天を見上げて「主イエスよ。わたしの霊をお受けください」と言い、「主よこの罪を彼らに負わせないでください」と言って、息を引き取りました。
イエス様が十字架上で言った言葉を思わせますね。

このような立派なステパノの姿をみると、自分とあまりにもかけ離れているので、引け目を感じてしまいます。
わたしだったら、憎しみの込められた目で見られたら、こちらもそういう目で見返してやりたくなるし、石を投げている人たちに恨みを抱くだろうなと思ってしまいます。

なぜステパノはこのような死に方ができたのかと考えながら何度も聖書を読んでいるうちに、気づいたことがありました。

ステパノに対して聖書は『恵みと力とに満ち』『知恵と御霊に満ちていた』『聖霊に満たされていた』と書いています。

恵みも力も知恵も聖霊(御霊)もステパノが努力して勝ち取ったものではなく、神様が与えてくださったものです。これらはキリストを信じる者のうえに降り注がれているのですが、両手を広げて受ける人と、下を向いていて受けようとしない人がいるのではないかと思います。

ステパノは、人々の憎しみにさらされていましたが、人々を見ずに天を見上げていました。その証拠に「天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます」と言っています。
いつも神様を見上げることによって、神様から恵み、力、知恵、聖霊(御霊)をふんだんに受けていたのでしょう。だから、石打ちの刑を受けても恐怖を感じず、自分を殺そうとしている人々を愛することができたのではないでしょうか。


「こんなふうにしてステパノが天に召されていきました」と子どもたちに話すと、悲しそうな顔をして「ステパノは死んじゃったの?」と尋ねた子がいました。
胸が締め付けられるような気持になりました。でも、ステパノは天国に迎え入れられたのです。

そのあと、日本でキリスト教迫害が起こって多くの人が殉教していったことを話し、「いのちよりも大切なものがあります。それを守って死んでいった人たちは天を見上げ、平安な心で召されていったことでしょう」と話しました。
わたしも天を見上げて歩んでいきたいと思いました。
posted by 土筆文香 at 20:59| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月28日

時を待つ

昨日はOさん宅での家庭集会でした。マルコの福音書6:1〜6aからの学びをしました。

イエス様が公生涯に入られてから2回目に郷里ナザレを訪ねたときの出来事です。
1回目に訪れたときのことはルカ4:14〜30に書かれていますが、ナザレの人々はイエス様に強い拒否反応を示しました。

それなのにイエス様が再びナザレを訪れたのはなぜでしょう。ナザレの人にも福音を伝えたいと思われたからでしょう。
イエス様はナザレの会堂で聖書について教えました。当時、会堂ではユダヤ人の男子なら誰でも聖書を読んだり、語ったりすることができたので、イエス様のなさったことは、非常識なことではなかったそうです。

イエス様の言葉を聞いた人たちは驚きました。聖書には次のように書かれています。

「それを聞いた多くの人々は驚いて言った。「この人はこういうことをどこから得たのでしょう。この人に与えられた知恵や、この人の手で行われるこのような力あるわざは、いったい何でしょう。この人は大工ではありませんか……」
                                              (マルコ6:2〜3)


イエス様の知恵や力あるわざに驚嘆しながらも、イエス様のことを以前から知っている人たちは馬鹿にしています。

当時「大工」という言葉は、石工や金工にも用いられる言葉で、一般的にはどんな仕事でも請け負う便利屋、細工師、技術屋をさしたそうです。

ナザレ以外の土地では、イエス様を預言者あるいは神であると思った人たちもいました。でも、イエス様の家柄や昔のことを知っているナザレの人たちは、イエス様を人間としてしか見ることができませんでした。

イエス様は家族からも理解されなかったのです。

「それで、そこでは何一つ力あるわざを行うことができず、少数の病人に手を置いていやされただけであった。(マルコ6:5)」

と書かれているようにイエス様は奇跡を行うことをせず、立ち去りました。

ナザレで奇跡を行えば人々はイエスを神の子と認めるのに、なぜ奇跡を行わなかったのでしょう。行えなかったのでしょうか……。いいえ。行えなかったのではなく、あえて行わなかったのです。

不思議な出来事を見ただけで信じた者は、イエス様の教えを知ろうとせず、もっと奇跡を求めるようになります。不思議な出来事だけに目を向けるようになるので、奇跡を起こさなかったのです。

郷里の人たちは、イエス様を信じるのが困難で、かえってつまずいています。

「イエスは彼らの不信仰に驚かれた。(マルコ6:6)」と書かれていますが、それはナザレの人たちをあきらめたわけではなく、その人たちが信じるには時間が必要で、信じることができる「時」があるので待つとおっしゃっているのです。

後に母マリヤときょうだいたちは、イエス様を救い主として信じるようになったのです。

夫や母や息子たち、周りの人たちが救われる日をわたしは待っています。
posted by 土筆文香 at 16:41| 聖書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。