2013年07月08日

眠れない夜は

梅雨明けとともに猛暑。体にこたえる暑さです。こんなとき、自転車がパンクしてしまいました。近くのホームセンターに持っていくと、そこではもう修理をしてないというので、歩いて25分のイオンに自転車を押しながら行ってきました。熱中症予防に塩飴をなめ、水分補給しながら行ったのですが、あまりの暑さに頭はクラクラ、着いたときは足がガクガクしていました。

昨日、一昨日と暑さで睡眠不足です。
眠れない夜に書いた詩です。


眠れない夜

眠れない夜
心配事がどんどんふくらんでいく
起こるはずのないことが次々起こる想像をして
ますます深みにはまっていく
これじゃいけない
考え過ぎちゃいけない
早く寝よう
明日の体力がなくなってしまう

このまま朝になったらどうしよう
寝ようと思えば思うほど
目が冴え、まとまりのない思いが頭の中をかけめぐる

「だれか助けて」
無意識に手を組んで叫んでいた
「心配しなくていい
必要な眠りは後に必ず満たされるから、だいじょうぶ」
語りかける声を聞いてほっとする
いつの間にか夢の世界に入っていた


世界中に眠れなくて苦しんでいる人は、どれだけたくさんいることでしょう
眠れない夜は、その人たちのために祈ることにしました。時間はたっぷりあるのですから。


posted by 土筆文香 at 17:25| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月28日

ぼくは誰なの


アイデンティティーをテーマとした童話を書いています。主人公の気持ちで詩を書きました。



             ぼくは誰なの
ぼくは誰なの
町中にあふれている大勢の人
ぼくは、その中のひとり
ぼくがいなくなっても世界が変わるわけじゃない

ぼくは誰なの
空気よめないヤツ
間の悪いヤツ
仲間からは、そんなふうに言われてる

ぼくは誰なの
役に立たないヤツ
いないほうがいいヤツ
消えられるものなら消えてしまいたい

ぼくは誰なの
君は君だよ
誰が何と言おうとも
君がいなくちゃ困るんだ

君は君だよ
世界でたったひとりの
大切な、大切な、君だよ

posted by 土筆文香 at 21:12| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月15日

輝いて生きる

わたしが通っている教会に『森の学園』という名のチャーチスクールが今春開校しました。
昨日は森の学園の13人の子どもたちが賛美をしました。
谷川俊太郎の「生きる」詩にメロディーをつけたものです。

この詩は2005年に金八先生が覚醒剤で錯乱状態に陥った生徒に対して、朗読した詩です。


           生きる
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木(こ)もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声(うぶごえ)があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりは はうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ


子どもたちはこの詩の意味を考えながら、自分なりに理解を深めて暗唱したのだそうです。

この詩は、生きるということを論理的に説明しているのではありません。色々なものに触れてはっとしたり、ドキドキ、わくわくしたりすることが生きるということなのだといっています。詩の中にミニスカートがなぜ出てくるのか、わたしはピンときませんでしたが、男性ならではの感覚で、ドキッとするという気持ちだと聞いて、思わず微笑みました。

「思想ではなく、ドキドキわくわく感を、信仰生活として味わっていってほしい」と牧師先生が言われました。
「親の心に余裕がないと、子どもがドキドキわくわくする気持ちを摘み取ってしまうことがあります」と聞いて、わたしは子どもたちの心のときめきを摘みとってしまったことがたくさんあったような気がして胸が痛みました。

わたしが、わくわくドキドキすることはたくさんあります。わたしがこの詩を書くとしたら、

それは、洞窟。それは、古代遺跡。それは、星。それは、虹。それはペルシャ。となります。なぜペルシャなのか……小学6年生の時、東京交響楽団の演奏を聞いて、「ペルシャの市場にて」の曲に感動し、何日も頭の中に流れていたことを思い出すからです。

聖書には「彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。(詩篇34:5)」と書かれています。
「神様を仰ぎ見るとき、人は輝くのです」と牧師先生が言われました。

本当の意味で生きていたい。いつも輝いていたいです。
posted by 土筆文香 at 20:51| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月06日

もうすぐ9・11

この間の礼拝で紹介された詩を紹介します。

9.11同時テロの後、アメリカで朗読され、世界中が涙した詩です。



最後だとわかっていたなら
          ノーマ コーネット マレック (著) 佐川睦 (訳)

もしこれが最後だとわかっていたなら
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
posted by 土筆文香 at 11:45| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

今日のわたしのしたことは……


今日は調子が悪くて予定していたことの半分もできませんでした。
一日中頭がぼんやりして、失敗ばかりしていました。

なくしものを探すのに半日も費やし、
やっとみつかったのに
何のために必要だったのか忘れてしまう始末……。

でも今日、わたしは友のために祈りました。
悩みの中にあって苦しんでいる人のために祈りました。
病の床に伏して涙している人のために祈りました。
今夜は眠れない人のために祈りましょう。

大きなことは何もできないけれど、
祈りが全知全能の神様のみ手を動かすのだから
祈ることは、いちばん大きなことなのかもしれません。
posted by 土筆文香 at 21:11| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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