2012年01月07日

体が弱いこと

弱さについてずっと考えています。
わたしは子どものころから体が弱く、そのことで長い間精神的に辛い思いをしてきました。
弱いことはマイナスとしか考えられなかったからです。

イエス様を信じてしばらくしてから、弱いことは実はマイナスではなくプラスだったと気づきました。それは価値観の転換です。今年初めて書いた詩を紹介します。
   

体が弱いこと


体が弱いことは
他の人と同じように活動できないこと
夜遅くまで仕事や勉強ができないこと
たくさん涙を流すこと
自分の無力さをとことん知ることです

だから、何かなし得たとき、自分の力ではないと思うのです

体が弱いことは
ときどきダウンしてしまうこと
計画通りにできないこと
頑張れないこと
努力だけではどうしようもないと気づくことです

でも、弱ければ弱いほど、たくさんの恵みをいただいているのです


聖書の言葉
「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」(Uコリント12:9)

posted by 土筆文香 at 11:25| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

愛をください


心の痛みを抱えている人とかかわっています。自分には愛が欠けていると思うことがよくあります。
かえって傷を深くしてしまうのではないかと恐れたり、自分自身の傷が痛んだりします。

「神様、わたしに愛を下さい」と祈らずにはいられません。石井錦一さんの詩に共感しました。紹介します。


痛みのわかる愛を

神さま、私は、ここで生まれました
 あの町で育ちました
 この学校で勉強しました
 いままで、あの仕事も
 この仕事もしてきました
 いまどこに住んでいます・・・・・と
 はじめて会った人にも
 だれにでも話すことができます
 自分が話せることは
 だれでもあたりまえのことだと
 思っていました
 差別されてきた人
 過去にいやしがたい心の傷を負った人
 心にも、身体にも障害を負ってきた人
 このような人たちと出会って
 共に語り、共に重荷を負い合うことが
 できるようになったときに
 生まれた地名を苦しみなしに言えない人
 学歴という言葉に黙ってしまう人
 何の仕事をしてきたかを言えない人
 どこに住み、何をしているかを
 はっきりと言えないさまざまな痛みに
 耐えてきた人のいることを知りました
 自分の愚かさと
 私たちのなんでもない言葉や言動が
 どんなに深く差別された人たちを
 苦しめてきたかを知りました
 私の言動と行動に、となり人の痛みと
 苦しみのわかる愛をあたえてください


石井錦一 : 著 : 「祈れない日のために」 : 日本基督教団出版局

posted by 土筆文香 at 21:29| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月22日

喜びたい

田中好子さんが乳がんで亡くなったことを知ってショックを受けています。田中好子さんはわたしと同学年です。キャンデーィズ時代も素敵でしたが、女優としての活躍も素晴らしく、好きな女優さんのひとりでした。

彼女が乳がんだったとは知りませんでした。1992年に手術を受けたそうです。『19年間の闘病』とニュースの記事には書かれていましたが、19年間ずっと治療を受けていたわけではないと思います。術後には抗がん剤治療や放射線治療を受け、その後何年かは薬を飲んでいたでしょう。

でも、その後しばらくは定期的な検査と経過観察をされていたのだと思います。術後19年もたったから、もう再発転移の心配はないと思ったことでしょう。ところが、昨年の秋に再発し、多臓器転移もわかったそうです。その半年後、55歳で召されてしまうとは……身につまされます。
    
乳がんは完治ということがなかなかいえない病気らしいです。5年再発転移がなければ完治といえる癌が多いのに、乳がんだけは10年以上たっても再発転移することがあると聞いていました。
わたしはやっと7年半。他の人は「もう7年も経ったんだね」と言いますが、わたしとしては、やっとです。

術後10年まで飲み続けるようにと言われていた薬が今月で終わりになりました。注射も一応終了です。ほっとしますが、不安はぬぐえません。
もし、わたしが再発転移したら、そのときも喜べるのだろうか・・・と考えてしまいました。

自分ではなく、イエス様に視点を移すと見える景色が変わってきます。久々に詩を書きました。(昨日のブログ記事と関連しています。)



喜びたい

何もできなくて無力な自分を悲しむより、

どんなこともできるイエス様を喜びたい

乳がんになった自分を憐れむより

いのちを与えて下さったイエス様を喜びたい

悲しい事ばかりあると嘆くより

悲しみを越えさせてくだるイエス様を喜びたい

将来起こることの不安におびえるより

将来のこと、すべてを導いて下さるイエス様を喜びたい

過去に犯した罪の重さを嘆くより

その罪を消し去って下さったイエス様を喜びたい

わたしが死んだらどうしようと怯えるより

墓の中からよみがえり、死に打ち勝って下さったイエス様を喜びたい


posted by 土筆文香 at 16:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

世界がもし百人の村だったら


2006年11月の幼児祝福礼拝で世界がもし百人の村だったらという詩が紹介されました。以前ネット上を駆けめぐった詩なのでご存じの方も多いと思いますが紹介します。


世界には63億人の人がいますが、もしそれを100人の村に縮めると、どうなるでしょう。その村には…
57人のアジア人21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人8人のアフリカ人がいます

52人が女性で48人が男性です

30人が子供で70人が大人で
7人がお年寄りです
6人が全世界の富の59%を所有し、
その6人ともがアメリカ国籍の人です。

80人は標準以下の居住環境に住み、
70人は文字が読めません。
50人は栄養失調に苦しみ、
1人が瀕死の状態にあり、
1人は今生まれようとしています

48人は逮捕されたり、拷問を受けるような危険の中にあり、
自由に語り、安全に礼拝したり出来ない状態にあります。
もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、
家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら‥
あなたはこの世界の中で最も裕福な上位8人のうちの一人です。
もしあなたが車を持っているならば、
世界の中で最も裕福な7人のうちの一人です。
100人のうち1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け、
そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています。


心が痛みます。どう考えても自分は最も裕福な上位8人のうちの一人になります。
ほんの一握りの人がすべてを持っており、大部分の人は何も持っていないという現実。
安住していていいのでしょうか。わたしにできることはないのでしょうか……。


ほとんどが裕福な者となるこの日本では、隠されたところで恐ろしいことが起こっています。親からの虐待におびえている子供。陰湿ないじめを受けて死を願っている子供……。昨日も中学生が自殺しました。

「あなたの一生は神の前に大きな意義がある。神さまがあなたに期待しておられる」

とメッセージがありましたが、死を願っている者達にこのことを伝えたいです。そして、祈ります。


神さま、子供達をどうか、どうか助けて下さい。命が絶たれないように、自ら命を絶たないように。
posted by 土筆文香 at 20:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

かみさまのカリス

ブログタイトルをカリスにしたのは、「神さまのカリス」という詩が用いられたことからきています。まず、詩をお読みください。

なぜ? どのように? 用いられたか。後日順に書いていきます。

神さまのカリス



神さまのカリス シャワーのように
わたしの上に 注がれる
顔を上げて 口をあけて 両手を上げて カリスを受ける
カリス カリス カリス 神さまの恵み
 わたしは いま 喜んでいる

神さまのカリス カリスのおかげで
わたしは生きる
当たり前ではないんだね
息ができる 食事できる おしゃべりができる 賛美もできる
 カリス カリス カリス 神さまの恵み
 わたしは いま 生かされている

神さまをうらみ ひとをうらんで
生きてきたのに イエスさまは
むちを打たれ くぎをさされ 血を流された わたしのために
 カリス カリス カリス 神さまの恵み
 わたしは いま ゆるされている

神さまのカリス 雨のように
わたしの上に 降り注ぐ
心をつくし 思いをつくし 力をつくして 主を愛したい
 カリス カリス カリス 神さまの恵み
 わたしは いま 愛されている
posted by 土筆文香 at 15:12| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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