2013年10月03日

10年目の検査

昨日、病院へ行ってきました。1週間前、乳癌の術後検査を受け、その結果を聞きに行ったのです。

主治医が転任され、別の先生に診てもらうことになりました。3人目の医師です。

昨年の6月に検査を受けて以来の外科です。年に1度の検査でよくなったので、本当は今年の6月に受けなくてはならなかったのですが、延ばして秋に検査を受け、それで最終にしようと勝手に決めていました。

今年の12月で術後10年になるのです。

「あっという間でしょう」と人から言われますが、わたしとしては、ようやくという気持ちです。とにかくこれで結果が良ければ、もう検査は受けなくていいのだと、思っていました。

診察室に入って最初に先生が口を開くまでの時間(1分弱だと思います)がとほうもなく長く感じらます。そのときの緊張は何年たっても変わりません。

「異常なしですね」と言われてほっと胸をなでおろしました。

「それでは一年後にまた来てください」と言われたので、「12月で10年になるのですけれど……」と言うと、「胃癌などは5年たてばほとんど再発はありませんが、あなたの場合は10年たっても再発転移の可能性があるので、まだまだ検査を受けないとだめです」と言われました。

「いつまでですか?」と尋ねると、答えは「きりがない」でした。
つまり、わたしの乳癌のタイプは何年たっても再発転移することがあり、完治はないというのです。

10年目の検査の後に再発した方の話を聞いていますし、20年は気をつけないといけないことも知っていたのですが、「きりがない」と聞いてがっかりしました。

喘息も完治はないと言われていて3か月に1度内科に通っていますが、乳癌からも卒業できないと知って気が重くなりました。そのうえ、通院している病院がもうすぐ自転車では行けない遠方に移転してしまうのです。

完治しないということは、いつも死を意識しながら生きざるを得ないということです。それは神様の配剤だと思いました。
いま、置かれた場所は不安定で、決して心地よい場所とはいえません。だからこそ、神さまをしっかり見つめて生きるようになれる場所です。

もう再発転移することはないと言われたら、安心しきって神様から目をそらしてしまうかもしれません。

まず、いま異常がなかったことを感謝します。先のことはわかりません。先のことは神様にお任せして、心配しないことにします。
限られた時間を生かされていることを意識しながら使命を果たしていければと思っています。


posted by 土筆文香 at 17:47| 乳がん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月12日

誰も知らない私の悩み


昨日は教会でゴスペルシンガーのKiKiさんを迎えてのティータイムがありました。ティータイムは、教会で年に一度行われる婦人のための集会です。


手作りお菓子と紅茶を飲みながらの集会です。あいにくの雨でしたが満席で、120人以上の人たちが集まりました。

KiKiさんは北海道に住んでおられます。土浦めぐみ教会に来られたのは3回目です。最初は2009年教会コンサートで、2010年にはティータイムに来てくださいました。
KiKiさんに了解を得ましたので、証しの一部を紹介させていただきます。


ゴスペルに惹かれて27歳のとき渡米され、『誰も知らない私の悩み』という曲を聞いて心打たれました。
それは、私のことを誰も知ってくれないと嘆く歌ではなく、「Nobody knows but Jesus」、つまり、主イエスはちゃんとわかっていてくださる、悲しみ、苦しみをイエスは知ってくださっているという救いと希望のメッセージが込められた歌でした。
当時歌詞の意味はわかりませんでしたが、このときゴスペルと出会ったのです。

その後、ゴスペルを知るためには神を知る必要があると思い教会へ行きました。最初は、違和感を抱いていたのですが、隣に座った人がいきなり「あなたのために祈ります」と言って祈りはじめました。

その後、お母さんが乳がんになったとき、その人の祈りを思い出しました。
そして、神の存在を信じたいと思うようになり、洗礼を受けました。水をくぐったことにより、少しずつ変わっていきました。それまでは弱い面を人に見せることができなかったのですが、心の鎧がはがれました。

ゴスペルを歌うようになり、これからというとき、乳癌の宣告を受けました。トリプルネガティブ乳癌で予後の悪い癌でした。再発、再々発もしました。でも、抗癌剤治療を受けずにゴスペルを歌うことに決めました。


と言って、賛美されました。人々にいやし、希望、力を与えたいという思いを込め、いのちをかけて賛美するその姿に涙があふれました。

posted by 土筆文香 at 20:13| 乳がん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月25日

共に生きる

先週の金曜日に乳がん術後の検査結果が出ました。術後8年半たっています。
前回から電話で結果を教えていただけることになったので、とても助かります。異常がなければ病院へ行かなくてもよいのです。

今回エコー検査を受けたとき、いつもより念入りに調べられました。とても長い時間に感じられました。集団検診のエコー検査で乳がんとわかったときも長い時間調べられ、ひとり2分ぐらいで終わるところをわたしだけ10分近くかかっていたことを思い出しました。
そんなことを思うと、恐ろしくて電話をかける手が震えました。コール音を聞いていると胃が痛くなってきます。

「貧血はありますが、エコー検査、腫瘍マーカーには異常ありません」という医師の言葉を聞いた時、ほっとして体の力が抜けました。貧血は鉄剤を処方されているので心配ありません。神様によって与えられているいのちを抱きしめるような思いで感謝しました。

土曜日は教会のティータイムでした。ティータイムとは、手作りのお菓子をいただいてお茶を飲みながら音楽に耳を傾けたり、お話しを聞く集会です。
お話しの一部を紹介させていただきます。


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心配ごとがなくなることが幸せと思う人が多いです。でも、問題がなくなることが幸せをもたらすのではなく、悩みがある中で絶望しない力が与えられることが大切です。

大野勝彦さんは、44歳まで元気に農業の仕事をしていました。ところが、事故で両腕をなくしてしまいました。トラクターを洗っているとき、誤って回っているシャフトに両腕が巻き込まれ、両腕が引きちぎられてしまったそうです。義手で絵画や書の創作活動を始め、その作品が多くの人たちに励ましを与えています。
大野さんは「自分は何の役にもたたない。人の世話になるしかない。だったら、せめて機嫌よくしていよう」と言ったそうです。

星野富弘さんは中学校の教師でしたが、クラブ活動の指導中、頸髄を損傷して首から下の自由を失ってしまいます。口に筆をくわえて詩画をかき、それが多くの人に生きる力を与えています

この人たちに共通していることは、自分に寄り添ってくれる人を発見できて、その人に感謝する思いを与えられ、それによって生きる力が与えられていることです。

旧約聖書出エジプト記3:7には、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている」と書かれています。

神様は、エジプトの地で奴隷として苦しめられていたイスラエル人の@悩みを見、A叫びを聞きB痛みを知っていました。イスラエル人は430年もの間苦しめられましたが、その間神は共にいて下さいました。そして、神はイスラエル人を救い出し、よい地を与えると言って下さるのですが、その地を得るためには困難があると言っています。

『@悩みを見、A叫びを聞きB痛みを知る』この3つが共に生きること、寄り添うことです。寄り添う生き方の反対は、問題解決することで必死になることです。

神は問題解決を目的に存在するのではありません。もし、そのために存在するなら、問題のない人には神は不必要です。

問題解決こそが大事だと思っていると、自分が解決できないことには無関心になります。

問題解決に目を奪われていると、ほんとうは解決していないのに解決した気になってしまいます。

本当に問題解決したいという者の姿勢は、悩みを見、叫びを聞き、痛みを知る姿勢になってきます。

人を通して神の愛を受けることができるので私は生きるのです。
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「悩む人に寄り添って共に生きる者とならせてください」と祈りました。

posted by 土筆文香 at 17:27| 乳がん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

乳がん手術後8年たって

今日は手術記念日です。
乳がんの手術を受けたのは、8年前の今日でした。

そのときは、がんに対する知識が乏しかったので、手術さえ成功すればそれで終わりだと思っていました。
でも、がんは、死亡原因の第一位になっているだけあって、手術して治療が終わりというわけにはいかない病気でした。

放射線治療を受け、副作用のある強い薬を何年も飲みました。いちばんつらいと言われる点滴の抗がん剤投与は受けなくていいと言われたので、わたしの場合はまだ楽な方だったと思います。

(術後治療の判断は医師によって違うようで、後に担当医が変わったとき、受けるべきだったのに……と言われました)

現在は薬から解放され、年に一度、検査を受けるだけでよくなっています。

乳がんの場合、20年再発転移がなければ完治といえないそうですから、8年経ってこれでもう安心とは言えません。

でも、以前より精神的に楽になったことは確かです。

いのちを与えて下さった神様にいっさいおまかせしていますが、やはり検査で異常が出たら動揺するでしょう。

でも、正直なところ、乳がんという病気を与えられて心から感謝しています。人の痛みやいのちの尊さを理解できず、自分本位で愛に欠けていたわたしです。もし、乳がんにならなければ人の心を思いやる者になれなかったでしょう。

がんになって、肉体的、また精神的つらさも味わってようやく人間になれたのです。

神様は不必要なものを与えはしません。わたしには乳がんが必要だったから、神様が与えて下さったのだなあと思って感謝しています。

河野進さんの詩を紹介します

    病まなければ

 病まなければ、捧げ得ない祈りがある
 病まなければ信じ得ない奇跡がある
 病まなければ、聴き得ない御言がある
 病まなければ近づき得ない聖所がある
 病まなければ、仰ぎ得ない聖顔がある
 おお 病まなければ私は
人間でさえもあり得なかった

posted by 土筆文香 at 20:06| 乳がん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月11日

がんの短歌

乳がんの治療で飲んでいた薬の影響(今は飲んでいないのですが)といえる症状が出て、昨日から体調不良でした。珍しく気持ちまで落ち込み、水曜礼拝も休んで寝ていました。今日も一歩も外へ出たくなく、……誕生日なのに憂鬱……とつぶやいていました。

PCを開くと、友人から嬉しいメールとメッセージが届いていました。紹介させていただきます。


お誕生日をさらに重ねることができためぐみを、主に感謝いたします。
「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。(詩篇119:71)」
という心境を土台に、前向きで、やさしさとユーモアに満ちた作品を書き続けておられること、感謝です。
ごんたくんは、今や、文香さんにとどまらず、世界中で、主の素晴らしさをあらわす働きをするように、替えられていくと思います。


別の友人からは「幸せで愉快な1日!」を願う言葉がありました。

ユーモア、愉快 ……
なぜ今のわたしの状況とはかけ離れた言葉が贈られたのだろう……今のわたしに必要だからかな? と、思い巡らしました。

ごんたくんというのは、「生かされて・・・土筆文香」の病気のこと→癌患者としての心境3にも掲載していますが、わたしが勝手につけた癌の別名です。

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がんという言葉は、どうしても暗いイメージがあるので、別の言葉に置き換えてみました。
親の言うことをきかず、いたずらばかりする子どもを《ごんた》というのをご存知でしょうか? 方言かどうかわかりませんが、関西ではその言葉をよく耳にしました。

がんを《ごんた》に置き換えると・・・大腸がん、胃がん、肺がん、子宮がん、乳がんは……大腸ごんた、胃ごんた、肺ごんた、子宮ごんた、乳ごんたになります。

医師に「あなたは、胃ごんたです」と言われたら、「なーんだ、胃にごんたの細胞ができただけか」と深刻にならないですみますね。

「わたし、乳ごんたなんです」と言ったら、「ニュー(新しい)ごんたになったなんて、カッコイイ!」ってうらやましがられたりして・・・。


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それで今日は短歌を作ってみました。短歌はいままでほとんど書いたことがないので、短歌と呼べるものかどうかわかりませんが……。


がんのこと ごんたくんって 呼んでみて
いとしくなるよ わたしのごんた


神様が つくられたから いいごんた
わるいごんたは ひとつもないよ


乳ごんた 大腸ごんた 皮膚ごんた
名づけてみれば かわいくなるよ


へんちくりんな短歌を作ったら、愉快な一日になりました。

JCPのHP更新しました。ぜひご覧ください。

posted by 土筆文香 at 20:23| 乳がん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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