2014年05月08日

宇宙の意志

連休に息子一家が来ました。ヒックンの弟、ナルクンは生後一か月になり、我が家を初めて訪れました。一か月で1キロ近く体重が増え、目で動く物を追うようになっていました。ヒックンは、ナルクンにほっぺをすりよせてかわいがっています。
「早く遊べるようになればいいな」と言っていますが……。

友人に勧められて「生命の暗号」村上和雄著 サンマーク出版を読みました。
興味深く読ませていただきました。筆者の村上先生は遺伝子工学の世界的権威者です。
人間は約60兆という数の細胞から成り立っていて、その細胞のひとつひとつに約30億の遺伝情報がしまいこまれているそうです。

遺伝子にはオン、オフの作用があって、よい遺伝子をオンにし、悪い遺伝子をオフにすれば、人は変われるのだそうです。確かに潜在能力というものがあって、自分では気づかない能力を発揮させることは可能だと思います。

「今、人類はその全知能をかけて遺伝子を読み取ろうとしている。私は、遺伝子の暗号を読んでいて、その精緻な働きに驚嘆した。しかし、もっとすごいことに気がついた。それは暗号を書いたものが存在するということだ!」著者はその存在をサムシング・グレートと呼んでいます。

科学を極めようとすると、必ず理論的に解明できない部分が出てくるといわれています。
世界の始まりはビッグバンといわれていますが、ビッグバンの最初の3分間がわからないと宇宙物理学者の先生がおっしゃっているそうです。
ビッグバンの最初の一瞬に何が起こったのかわからないというのです。爆発のタイミングがほんのわずかでも狂っていれば、いまの宇宙、地球、生命はあり得ないというのです。
「偶然ではなく宇宙の意志を感じる」と言われたそうです。

「宇宙と遺伝子は意味ある相似形を描いている。体外宇宙と体内宇宙は呼応しながらつながっており、その起源も同じ。ある同一の意思から発せられたのではないか。その意志を発した主体こそが宇宙の生命のみなもとであるサムシング・グレートである。」と書かれています。

わたしは、そのことに驚きません。なぜなら、この世界を造ったお方は創造主なる神で、そのお方はわたしたち人間を造ってくださったお方なのですから、当たり前のことです。

世界の始まりに爆発が起きたかどうかわかりませんが、3分間の謎は、聖書の創世記の記事によって解き明かされる時がくると思います。
聖書には神は6日かけて天地を造られたと書いていますが、この1日は24時間という意味ではありません。3分という時間も比喩的な意味であらわしていることは明らかです。

わたしが驚いたのは、遺伝子工学の先生や宇宙物理学者がサムシング・グレートの存在を認めていることです。それが聖書に書かれている神なのだと気づいてほしいです。

そういえば、ダーウィンやパスカルもクリスチャンでした。キリスト教信仰は科学と矛盾しないのです。
posted by 土筆文香 at 17:31| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

もう時間がない

「トムは真夜中の庭で」フィリパ・ピアス作 高杉一郎訳 (岩波書店)を読みました。
イギリスのファンタジーの古典といわれる作品です。小学生のころ読んだ記憶があります。

児童文学者協会茨城支部の課題本になったので図書館で借りてきて読みました。岩波少年文庫で出ていますが、図書館には「世界児童文学集」のケース入りのものしかありませんでした。

時計が13回鳴ったとき、不思議な庭園に導かれるという設定。時計と庭園、ハティと同じスケート靴をはいてスケートをする場面は覚えていましたが、そのほかのことは覚えていませんでした。

作者のフィリパ・ピアスは、以前このブログでとりあげた「まぼろしの白い犬」の作者でもあります。「まぼろしの……」はファンタジーではありません。
トムを読んでいたら、わくわくして夢中になってしまいました。最後の場面では涙が出ました。

以前読んだときは気づかなかったのですが、聖書のカインとアベルの話や黙示録に書かれている言葉が出てきたので嬉しくなりました。
黙示録10:6の「もう時間がない」がキーワードになっています。

新改訳聖書では「もはや時が延ばされることはない」と書かれ、共同訳では、「もはや時がない」となっています。

このはギリシャ語でクロノス、経過する時間としての時をあらわします。もはやこれ以上、時間、クロノスは存在しない、つまり終わりが来たということです。

それではいったい何の終わりなのでしょう。
世の終わりのときです。またそれは、あらゆる民族がキリストにあってひとつにされる時です。つまり教会の完成、天にある祝福の時がもはや延ばされることはないというのですから、大いなる慰めと喜びの知らせです。

「トムは真夜中の庭で」の中での「もう時間がない」は、ハティと過ごす時間が少なくなっているという意味だと思いますが、作者は作品を通して聖書の真理を伝えたかったのかもしれません。

わたしはずっと以前からファンタジーの長編を書きたいと思っていました。実際何作か書きました。でも、読者に伝わらないのでした。想像力、表現力の乏しさに限界を感じ、しばらくの間ファンタジーを書くのをやめていました。

ファンタジーは歴史小説のように膨大な資料を調べたりする必要がないので簡単なように思えますが、頭の中で描いた世界を文字を使って読者に同じような情景を思い浮かべてもらうためには、リアリズムの作品より技術が必要なのです。その技術が不足しているため、ひとりよがりの作品になっていました。

わたしは頭の中で映像でファンタジーの世界を見ているのですが、それをどのようにして書き表わしたらよいかわからないのです。
でも、祈りながら書き続け、神さまが力を与えてくだされば、いつかは書けるかもしれないと希望を持っています。
posted by 土筆文香 at 20:55| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月13日

「殺人者の涙」を読んで

明日は児童文学者協会の茨城支部3月例会です。今回の課題本は「殺人者の涙」アン=ロール・ボンドゥ作 伏見操訳 小峰書店です。

チリの最南端、さいはての地に建つ一軒の家にアンヘルという名の殺人者がやってきて、そこで暮らしている夫婦を殺してしまいます。子どものパオロは殺さずに、一緒に暮らし始めます。

最初の殺人のシーンがショッキングすぎて、なかなか感情移入できませんでした。
寒々とした気持ちで読んでいましたが、しだいに物語に引き込まれました。

アンヘルはパオロと暮らすうちに変わっていきます。パオロに愛情を抱くようになるのです。
一方パオロは両親を殺したアンヘルのことを憎みもせず、その事実をしっかり受け止めています。

最初、パオロがなぜ両親を殺したアンヘルを恨まなかったのか不思議に思いましたが、そこは誰一人やってこないような土地です。アンヘルがいないと生きていけなかったから、パオロには選択枝がなかったのだと気づいて納得しました。

しばらくして、ルイスという旅人がやってきて隣で暮らし始めます。ルイスはパオロとアンヘルに文字をもたらします。
その後旅に出て、アンヘルがかつて殺した家族の生き残り、きこりのイカルドと出会います。イカルドは音楽をもたらすのです。

アンヘルはパオロという愛する存在を得、文化や芸術に触れて、すっかり変えられました。でも、犯した罪は消えず、結局死刑になってしまいます。
死刑制度廃止のことが作者プロフィールに書かれていましたが、どんなに重い罪を犯した人でも人は変わると訴えたかったのでしょう。

確かに人は変わりうるものです。
しかし、他者への愛と文化、芸術だけでは足りない気がします。
アンヘルに心からの罪の悔い改めがあったでしょうか。

けれども、イエス・キリストを信じたら、人は根底から変えられます。キリストにあって、とりかえしのつかない罪はないからです。

posted by 土筆文香 at 17:16| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月23日

「ペコロスの母に会いに行く」を読んで

「ペコロスの母に会いに行く」岡野雄一作 出版:西日本新聞社を読みました。
児童文学者協会茨城支部の1月課題図書になったからです。(図書館で予約して2か月待たされ、ようやく借りられました)


アマゾンではこの本を『62歳、無名の“ハゲちゃびん"漫画家が施設に暮らす認知症の母との「可笑しく」も「切ない」日々を綴った感動のコミックエッセイ!』と紹介しています。

40歳で故郷の長崎に戻ってきた作者が、認知症になった母親を温かい目でみつめて描いたコミックです。

わたしは、母には認知症にならないでほしいと願い、自分も絶対になりたくないと思っていました。最近は物忘れをすると、認知症になったのではないか?と恐れさえ抱くようになっていました。

でも、この本を読んで、認知症も悪くないなと思いました。

認知症の人の立場でものをみれば、ちゃんと道理が通っているのです。はたから見たら理解できないような言動をしても、ちゃんとした理由があるのです。頭ごなしに否定してはいけないことを教えていただきました。

母親が、亡き夫や若き日の自分と会ったり話したりする場面は、単なる思い出ではなく、現実に故人と会って話しているのです。
赤ん坊をおんぶして歩くとき、その赤ん坊はお孫さんではなくて原爆で亡くなったご自分の子どもなのです。

「今っていつ?」と問いかける母親は、日々過去と現在を行き来しつつ生きているのです。
空間や時間を飛び越えて生きているのですね。
長崎の方言が良い味を醸し出しています。

施設に入っていても、介護の大変さはあるでしょう。でも、愚痴や大変さをひとつも書いていません。ユーモアに満ちていて、著者の母親に対する温かい愛が伝わってきました。

昨年の11月に赤木春恵さん(88歳)主演で映画化されています。赤木さんは「世界最高齢での映画初主演女優」としてギネス世界記録に認定されたそうです。

土浦の映画館では上映されていないのでまだ観ていませんが、ぜひ観たいと思っています。

posted by 土筆文香 at 17:20| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月09日

武と愛の人 新島八重の生涯

NHK大河ドラマ「八重の桜」を毎週見ています。テレビはほとんど見ないわたしですが、これだけは最終回まで欠かさず見たいと思っています。
会津戦争の時、女性ながらスペンサー銃を持って戦った八重が、のちに新島襄と結婚してクリスチャンになります。キリストを信じるときの八重の心の動きを知りたいと思いました。

日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)の先輩が書かれた「武と愛の人 新島八重の生涯」(新堀邦司著:里文出版)の感想文を読んだ後、この本を読みたいとずっと思っていました。
図書館になかったのでリクエストすると、取り寄せてくださり、ようやく手にすることができました。

6月にJCP合宿で群馬県安中を訪れたとき、新島襄記念会堂で「テレビで放映されているドラマは実際と異なることが多い」という話を聞き、どの部分が本当でどの部分が違うのか知りたいと思いました。
幕末のまだ男尊女卑の精神が根強く残っている時代に女性が銃を持って戦ったのは本当なのか……と思いましたが、それは事実だったようです。
尚之助が八重を離縁した理由は、推測の域を出ないようです。

新島襄と結婚するいきさつについては、まだドラマでは放映されていませんが、この本では、八重自身が書き残したものから、出会いの時のエピソードが紹介されています。

暑い日に八重が井戸の上に板戸を渡してその上で裁縫をしていたそうです。そのとき新島襄がやってきて彼女を見、驚きました。板戸が折れたら井戸の中に落ちてしまうほど危険だったからです。それなのに平然と裁縫をしている大坦な姿に惹かれたのかもしれません。槇村正直が薦めたこともあって、結婚に至ったと書かれています。ドラマではどのように脚色されるか楽しみです。

八重は、兄覚馬のすすめで結婚前から聖書の勉強をしていました。まだキリスト教が解禁される前でした。
八重がキリストをどのようにして信じるようになったか……その内面的変化について詳しくは書かれていません。

戊辰戦争による魂の傷は癒されたのでしょうか。
父や弟の命を奪った薩長への憎しみの問題はどうなったのでしょうか。
会津藩武士の子弟として厳しい精神教育を受けてきた八重です。自分は清く正しく生きていたと思っていたのに、人はみな罪人であるという聖書の言葉を読んでどう思ったのでしょう。葛藤があったことが想像できます。

襄は八重の気持ちをよく理解して魂のケアに心を砕き、励まし続けました。
罪のことは、八重が神と人との問題だと気づいたとき、暗雲が晴れたように思ったと記されています。

襄は、八重のことを「ハンサムウーマン」と称しています。それは「美しい行いをする人」という意味です。ふたりの結婚生活は幸せだったようです。

八重は牧師夫人となったのですが、最初は、薩長出身の生徒は夕食に招かなかったそうです。何年もたってから招くようになったというのは、長い時間をかけて傷がいやされ、憎しみが愛へと変えられていったことを意味すると思います。

最愛の夫、襄は、40代半ばで病に倒れ、召されてしまいます。その後八重は再婚もせずに86歳まで生きました。日清戦争が始まったとき、八重は日赤京都支部戦時救護員として看護婦を率いて負傷兵の看護にあったっています。50歳になろうとしていた八重は若い看護婦に負けないくらい元気に働いたそうです。さらに日露戦争のときは60歳になっていたのですが、やはり看護活動を行っています。
会津戦争で傷つき、死んでいった人たちのことを思うと、いてもたってもいられなかったそうです。

周囲の人の言葉に惑わされず、古い慣習も打ち砕いていく強い女性ですが、同時にきめこまやかな心と信仰による愛をもちあわせた八重の魅力が伝わってきました。


日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)のHP更新しました。ここをクリックしてご覧ください。

posted by 土筆文香 at 15:19| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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