2011年09月22日

「こころ」を読んで(その2)

昨日、こちらは夕方から夜にかけて暴風雨でした。
今まで台風の予報ニュースを聞いてもそれほど警戒していませんでした。上陸の恐れありと言っても、それてしまうことが多かったからです。

今回はまともに通り過ぎたので、いままでにない雨風にびっくりしました。マンションでかなり密閉性のある窓なのですが、そのの隙間から雨水が入り込むほどでした。
こちらは被害はありませんでしたが、被害にあわれた方々のためにお祈りします。


夏目漱石の「こころ」の感想文の続きです。
第2部「両親と私」では、父親が病気で田舎に帰った『私』のことが書かれています。

『私』が先生のことを両親に話すと、就職の世話をしてもらうように先生に頼んだらいいと言われます。
『私』は先生が就職口を探してくれることなどあり得ない(本文には『有り得べかざる事』と書かれています)と思いつつ手紙を出します。

すると先生から一通の電報が届きます。『洋服を着た人を見ると犬がほえるような所では、1通の電報ですら大事件であった』と書かれています。100年前の日本はこのような時代だったのですね。

電報には「会いたいから来てほしい」という旨のことが書かれていました。『私』は気になりながらも父親が危篤なため行くことができません。そのうち先生から長い手紙が届きます。それは遺書でした。第3部は先生の遺書の全文です。

若くして両親を亡くした「私」(これ以降の「私」は先生のこと)は、信頼する親族に裏切られて人間不信になります。その後上京して軍人の未亡人の家に下宿することになりました。そこにはひとりのお嬢さんがいて、いつの間にか「私」はお嬢さんに惹かれていきました。

同郷の親友Kも同じ下宿に住むことになりました。Kは次第にお嬢さんと打ち解けていき、「私」はKに嫉妬を感じるようになります。

友人Kにお嬢さんに対する恋心を打ち明けられたとき、「私」は自分の気持ちは隠して「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と言い放ちます。

一言自分の気持ちを話せばKは自殺しなかったかもしれないのに……と、「私」の言動にイライラするのですが……でも、心情が痛いほどわかるのです。

「私」はKを出し抜くようなかたちで奥さんにお嬢さんと結婚させてほしいと言い、すんなり受け入れられてしまいます。自分の卑怯さに苦しみ、そのことで悩む「私」。Kが自殺したことで、これから一生自分の罪と向きあって行かなければならなくなり、結局「私」も死を選んでしまいます。

「罪からくる報酬は死です(ローマ6:23)」と聖書にあります。
しかし、罪の問題は自殺して解決することではありません。

「私」の死は奥さんのこれからの人生に暗い影をもたらすでしょう。奥さんが真相を知らなかったとしても……いえ、知らないだけに苦しむことになるでしょう。

「私」は奥さんの白い心にしみをつけたくないと思って打ち明けなかったのですが、わたしが奥さんなら打ち明けてほしいです。たとい夫がひどいことをしたとしても、苦しんでいるのなら打ち明けて一緒に苦しませてほしかったと思います。何かを隠していることは結婚当初から気づいていたのですから……。

さて、漱石はこの小説を書いて何を訴えたかったのでしょうか……。人間が生まれながらに持っている原罪について書いたのかもしれません。

漱石自身、自分の罪に気づいていたのでしょう。罪を明らかにすること……そこまででは問題が解決されません。
イエス・キリストを信じればどんな罪でも赦されることを漱石に知ってもらいたかったです。
              
                        おわり

posted by 土筆文香 at 17:32| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月21日

「こころ」を読んで(その1)

台風の影響でこちらはひどい雨風です。今日の輪読会と水曜礼拝はやむなくお休みしました。

朝、出かけようかどうしようか迷っていました。
朝はまだそれほど雨が強くなかったのですが、昼ごろからひどくなるとの予報でした。かつてならどんな雨風でもびしょぬれになっても出かけていたのですが、最近根性がありません。無理をするとすぐ体調が崩れてしまうからです。

輪読会の仲間から「今日はどうしよう……」とメールがありました。彼女も車の運転をしないので、バスと歩きで教会へ行かなくてはなりません。

「台風というのは(欠席の)立派な理由になるよね」ということで意見が一致して、お休みしすることにしました。
日曜なら台風の最中でも(着替えやくつを持って)出かけていくのですが………。


ネット読書会で夏目漱石の「こころ」を読んだので、今日はその感想を書いてみました。
最初に読んだのは中学生のとき、大人になってからもういちど読み、今回は3回目です。
ストーリーはわかっているのに途中からぐいぐい引き込まれて読みました。

「こころ」は、3部構成になっています。
第1部は「先生と私」第2部は「両親と私」第3部は「先生と遺書」です。

鎌倉の海岸で出会った先生にひかれた書生の『私』は、東京へ帰ってからも、頻繁に先生の家をたずねるようになります。
なぜ『私』が先生にひかれたのか……その部分が不明ですが、現実にありそうです。

先生は奥さんと二人暮らしで、仕事もせず、ゆうゆうと過ごしています。戦前は、先祖の財産を上手に管理して、安楽な一生を送る人がいたそうです。そう言う人を「高等遊民」というと読書会のお仲間に教えていただきました。

ときどき『私』に素っ気ないそぶりをする先生。ほとんど人づきあいもせず、毎月決まった日に雑司ヶ谷の墓地に墓参りに行く先生の行動の裏に深い謎が隠されていると感じさせられます。先生の過去に何かあると匂わせています。

そして、先生が亡くなってしまうことが小説の最初の方に書かれています。
さすが夏目漱石です。読者は、先生がなぜ亡くなったのかと思い、物語にひきこまれていきます。

第1部で印象に残った箇所は、遺産の問題について助言する先生の言葉です。


『平生はみな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それがいざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいです。だから油断が出来ないのです。』


罪ある人間の本質に迫った言葉だと思いました。

posted by 土筆文香 at 17:07| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月10日

「歌人たちの遺産」を読んで


今日は検査の日で朝から病院へ出かけました。主人が休みだったのですが、昼食を用意して出かける時間がありませんでした。帰りは1時過ぎになりそうなので、「冷蔵庫に焼そばがあるから作ってくれると嬉しいんだけど……」と言うと、「いいよ」との返事。
主人は4月に退職してから、掃除や植木の水やりなどの家事を手伝ってくれるようになりましたが、料理はしてくれたことがなかったのです。
野菜を洗って切るまではわたしがしましたが、あとは頼んで出かけました。
家に帰ると焼きそばができていたので、嬉しかったです。徐々に慣れてもらって、そのうち夕食を作ってもらいたいな……。

今月、日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)の理事の池田勇人先生が「歌人(うたびと)たちの遺産」という本を出版されました。
ペンクラブHPで紹介文を書かせていただくことになったので、何度も読み返して書きました。読んでいるうちに先生の熱い思いが伝わってきました。

本にとりあげられている歌はほとんど知っている歌でしたが、その意味や作詞、作曲者については知らないことが多かったのです。たくさんの発見、驚き、感動がありました。
JCPのHPにも掲載しましたが、ここにも書き記します。


歌人(うたびと)たちの遺産
           池田勇人著
文芸社
B6版・並製・308ページ
定価1,470円 (本体 1,400円)


著者紹介
1949年茨城県出身 埼玉県在住
日本基督神学校(アジア神学大学院修士)卒業
霞ヶ関キリスト教会牧師
日本クリスチャン・ペンクラブ理事長

内容紹介

童謡の成り立ちや、唱歌の源流を探って、私たち日本人がいかに恵まれた時代に育ったのか、それらをまず確認しておくこと。その上で代表的な唱歌、童謡を取り上げて、味わっていただきたいと願っています。(まえがきより)


ふるさと、野菊、浜辺の歌、かなりや、故郷、赤蜻蛉、しゃぼん玉……など日本人ならだれでも知っている唱歌、童謡ひとつひとつを取り上げ、作られた背景、歌詞の深い意味、メロディーとリズム、作詞、作曲者について詳しく書かれています。

作詞、作曲者の中にクリスチャンが多いこと。洗礼は受けていなくてもキリスト教の影響を強く受けた人が多いことがわかります。
作曲者では、『荒城の月』の滝廉太郎、『紅葉』『故郷』の岡野貞一。
作詞者では、『野菊』の石森延男、『椰子の実』の島崎藤村、『赤蜻蛉』の三木露風、『たきび』の巽聖歌、『サッちゃん』の阪田寛夫などがクリスチャンです。

また、童謡や唱歌の中に隠された宝物を発見できます。
たとえば、『荒城の月』の歌詞の意味には聖書的な意味があり、日本人のためのすばらしい福音唱歌であることに気づかされます。

『荒城の月』の4章は「天上影は替らねど」で始まっています。それは栄枯盛衰が人の世にはあるけれど、天の姿は変わらないという意味です。3章には「替らぬ光誰がためぞ」とあり、永遠に変わらない光が天にあると告白しているのです。土井晩翠の愛妻がクリスチャンだったそうで、(愛妻の信仰が自然とにじみ出ていると思われます。)と書かれています。

そのほか、『かなりや』の歌詞がキリストの救いに繋がっていたり、『しゃぼん玉』のメロディーが『主われを愛す』とそっくりなことなど……。

童謡や唱歌が新鮮に感じられ、孫と一緒に歌ってみたくなりました。


お求めはアマゾン、楽天ブックスなどでご購入ください。



日本クリスチャン・ペンクラブのHPもぜひご覧ください。ちょうどわたしのエッセイ「パウロのように」を掲載しました。『目からうろこ』がここにも出てきます。

posted by 土筆文香 at 16:56| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月07日

「ハイジ」


昨日水曜礼拝でT先生からヨハンナ・シュピリ作「ハイジ」からメッセージを聞きました。
T先生は「ハイジは良質なキリスト教文学です」と言われたので、ハイジのファンであるわたしは嬉しくなりました。

わたしは数年前ハイジの原作を読んで、ハイジがキリスト教信仰に基づいて書かれた児童文学作品であることを発見しました。(もうひとつのブログ「生かされて」の2008年11月5日、7日の日記に記しています)
アニメではキリスト教に関することがカットされているので残念だということをブログに書きましたが、T先生は、アニメはキリスト教背景が退けられてはいるが、キリスト教に感化されたヒューマニズムが全編に繰り広げられていると言われ、アニメも高く評価されていました。

ハイジに挿入されている「お日さまの歌」(これも「生かされて」に記しています)は、創造主と救い主を一体として歌っており、荘厳で力強く、気高い信仰を表しているそうです。
神の本性を賛美し、やがて来る新しい世界に期待しています。どんなメロデイーがついているのか聴いてみたいです。

フランクフルトから帰ってきたハイジが放蕩息子の絵本をおじいさんに読んで聞かせます。おじいさんは、暗いい表情をしてじっと黙りこんでしまいます。
若い頃、おじいさんは放蕩息子そっくりだったからです。

小さな手を組んで安心してゆだねきった姿で眠るハイジをみて、おじいさんは「父よ、私は神とあなたに対して罪を犯しました。もはやあなたの息子と呼ばれる資格はございません・・・」と言って泣きながら祈りました。

翌日、おじいさんはハイジを連れて久しぶりに教会へ行きます。
牧師の言葉には、神をほめたたえるあたたかい感謝の気持ちがありました。
礼拝が終わったとき、おじいさんは牧師に会いに行きました。かつて牧師にひどいことを言ったことをあやまります。牧師はおじいさんの手を握って、「あなたは、わたしのところへ来る前に本当の教会へ行かれたのだ」と言います。

本当の教会に行くとはどういうことでしょう?
おじいさんは、自分は神に愛される資格のない者だと思っていましたが、自分に神の愛と赦しが注がれていることに気づきました。そのことが本当の教会へ行くという意味だと教えていただき、ジーンときました。

ハイジの原作のように信仰を明白に書くと、日本では受け入れてもらえません。でも、キリスト教信仰をベースに書くことはできます。

ハイジは創世記のヨセフ物語やNHKの「おしん」とも共通している。誰もが共感できる普遍性を持っていると聞いて、わたしもいつかハイジのような作品を書くことができたらいいのに……と思いました。


posted by 土筆文香 at 16:49| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

アンネの日記を読んで

アンネの日記(完全版)を読みました。
アンネの日記は、中学生のとき読みましたが、内容はほとんど覚えていませんでした。

今回読んで、14歳にしてこれだけ深く物事を考えていたのか・・・・・・と驚きました。
アンネの日記が公表された当時、本当に14歳の少女が書いたのか、捏造ではないかという疑いさえもたれたそうです。

切迫した戦況下で、いつ見つかるかわからないという危機的状況にありました。見つかればホロコーストの犠牲になってしまいます。そのような中でアンネは精神的に高められていったのでしょう。

隠れ家に暮らしていたのは、アンネとアンネの家族4人。ペーター一家3人。そしてデュッセルさんの8人でした。

その中でのアンネからみた人間模様はとてもおもしろいです。大人に対して厳しい眼差しを向け、非難する気持ちを正直に書き記しています。
とくにアンネは母親に対して反感を抱き、非難していました。
日記には

「もしも神さまの思し召しで生きることが許されるなら、わたしはおかあさんよりも立派な生き方をしてみせます。つまらない人間で一生を終わりはしません。きっと世の中のため、人類のために働いて見せます」
と書かれています。

アンネは、信仰とユダヤ人としてのアイデンティティーをしっかりと持っていました。

「いったいだれがこのような苦しみをわたしたちに負わせたのでしょう。だれがユダヤ人をほかの民族と区別させるようにしたのでしょう。だれが今日までわたしたちを、これほどの難儀にあわせてきたのでしょう。
わたしたちを、いまのようなわたしたちにしたのが神さまなのは確かですが、いつかふたたびわたしたちを高めてくれるのも、やはり神さまに違いありません。わたしたちがこういったもろもろの苦難に耐え抜き、やがて戦争が終わったときにも、もしまだユダヤ人が生き残っていたならば、そのときこそユダヤ人は、破滅を運命づけられた民族としてではなく、世のお手本として称揚されるでしょう。(略)わたしたちはつねにユダヤ人であるしかなく、またそれを望んでもいるのです。」


同じ日の日記に「戦後、ほんとうのオランダ人になりたい」とも書かれていますが、みつかるかもしれないという恐怖の中でのことなので、それは本心ではないのだと、わたしは思います。


戦争に対するアンネの考えは今を生きる人たちにぜひ知ってもらいたいです。

「いったい、そう、いったい全体,戦争が何になるのだろう。なぜ人間はお互いに仲良く暮らせないのだろう。何のためにこれだけの破壊が続けられるのだろう。」

「いったいどうして人間は,こんなに愚かなのでしょう? わたしは思うのですが,戦争の責任は,偉い人や政治家,資本家にだけあるのではありません。責任は,名もない一般の人たちにもあるのです。そうでなかったら,世界中の人々はとうに立ち上がって,革命を起こしていたでしょうから。」


砲撃の音が聞こえ、隠れ家から一歩も出られず、いつかゲシュタポにつかまるのではないかという恐怖におびえることがあっても、アンネは希望を失いませんでした。


「日ごとにわたしは自分が精神的に成長してゆくのを感じます。解放が近づいているのを,自然がいかに美しいかを,周囲の人々がどんなに善良な人たちであるかを,この冒険がいかにおもしろく,意味の尽きないものであるかを感じています。だったら,なぜ絶望することがあるでしょうか。」
1944年5月3日


1944年8月1日で日記は終わっており、8月4日にだれかの密告によって隠れ家の8人はつかまってしまいます。
そしてアンネと姉のマルゴーは強制収容所に入れられて、病死してしまいました。8人の中で生き残ったのはアンネの父オットー・フランク一人だけでした。

姉妹の死の約一か月後にはこの収容所は英軍の手で解放されたのだと書かれているのを読んで、ああ、なぜ助からなかったのだろうか……と悲しくなりました。

でも、日記を刊行したいというアンネの望みはかなえられました。そしてアンネの日記は世界のベストセラーになったのです。

この8人は、閉塞された狭い空間で、不自由な生活を余儀なくされ、見つかるかもしれないという恐怖の中にあってよく気が狂わなかったと思います。わたしだったら、大声で叫んで外に飛び出して行きたくなるでしょう。
国民性なのかもしれませんが、激しく言い争い、自己主張しているところがかえってよかったのかもしれないですね。

posted by 土筆文香 at 13:59| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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