2012年05月25日

心の傷、回復への道(その1)

19日のブログにエッセイを紹介しましたが、もう少し掘り下げて書いてみました。HPに掲載しているエッセイ「アダルトチルドレンだったわたし」とも重複している部分があります。


かつてのわたしが、『なぜ存在していてもいいのか』などと考えたのでしょうか……

わたしは両親と祖母に愛されて育ちましたが、子どものころは、愛されてないと思っていたのです。

母はわたしを産む1年ほど前、第一子を生後5日で亡くしています。それが母にとってどれだけ哀しい出来事だったのか……結婚して子どもができるまでわたしには理解できませんでした。

明治28年生まれの祖母は、尋常小学校の教師でした。結婚して妊娠しても教師を続け、出産前日まで教壇に立っていたと聞きました。

共働きは、当時珍しかったと思います。3人の子どもを産んでも教師を続け、いちばん後に生まれた父が5歳のとき、夫(わたしにとっては祖父)が亡くなったそうです。祖父も教師で漢文の先生だったそうです。

それから、祖母は子どもたちを実家に預け、秋田で小学校教師を続けていました。転勤もあって、子どもたちと離れたところに住んで通勤していた時期もあったようです。

そんな頑張り屋でしっかり者の祖母でしたから、母に対してつらく当たったこともあったらしいです。

また、父は親戚の人が決めた人と婚約していて、婚約中に母と出会ったそうです。祖母の反対を押し切り、婚約を破棄して母と結婚したのですから、祖母にとって母は最初から好ましくない存在でした。

結婚してから30年間、姑が召されるまでずっと一緒に暮らしていた母です。当時は珍しい事ではありませんでしたが、父は無口で毎日帰りが遅かったので、かなりストレスがあったことでしょう。
また、祖母と母の間で争いがあっても、父はいつも母親(祖母)の味方で、母をフォローすることはなかったようです。

母の苦労を思うと、よく耐えてくれたと感謝の気持ちでいっぱいです。

わたしは生まれつき病弱であまり外に出なかったので幼稚園に入るまでは、同じ年ごろの子どもと遊んだことがありませんでした。

幼稚園に入ると、人見知りをして貝のように口を閉ざしてしまいました。家ではわがままで大声でさわいでいるのに外に一歩出ると何もしゃべれなくなってしまいます。

母はわたしが積極的になれるように幼稚園の友達を家に呼んでくれました。それでもわたしはほとんどしゃべらず、母が中に入ってわたしの代わりにしゃべっていました。わたしは母がしゃべってくれるからと安心してますます無口になっていきました。

小学生になると、授業参観のとき手を挙げるように母に言われました。手を挙げたらお小遣いあげると言われても、手を挙げられませんでした。家に帰ると母は怒りました。

先生や友達に必要なことも言えないでぐずぐずしているわたしを母はもどかしく思っていらいらしていました。そんな母をだんだん負担に感じるようになりました。でも、一方では母がいないと何もできません。わたしは自分で考えて行動したり、決断することのできない子どもになっていました。

母は「あんたは、何の取り柄もない。せめて器量がよければよかったのに」と言いました。わたしは、そんな母の言葉に深く傷つきながらも肯定し、劣等感が増していったのです。

母に逆らうと「わかったからもういい!」と言ってそれきり口をつぐんでしまうとき、見放された気がして不安でなりませんでした。「わかったって、なにがわかったの?」と聞くと「あんたがどんな子かわかったから、もう知らない」と言うのです。
そう言われると不安で、悪かったと思わなくても「ごめんなさい」と泣きながらくり返し言っていました。

「いうこときけば、かわいがってあげる」
条件付の愛を提示され、従わずにいられませんでした。

いまだに母にしかられる夢をみます。

母が過干渉でわたしのことを支配しようとしたのは、母にも鬱積した思いがあったからなのだと、今になって思います。
                           つづく
posted by 土筆文香 at 17:33| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月11日

震災から1年

震災の日から1年。教会では被災者のために特別な祈りがささげられました。
今日は福島県いわき市の薄磯海岸で仏教とキリスト教の合同慰霊祭が行われたそうです。
第一礼拝後、主任牧師と10数名の方が出かけて行きました。

このたびの震災で、土浦めぐみ教会宛てにアメリカ合衆国、韓国、インドネシア、香港、モンゴル、台湾などの海外の教会から計780万円もの献金があったと聞いて驚いています。めぐみ教会を信頼して届けてくださったのです。

教会からは、義援金を用いて12回炊き出しに行き、がれき撤去や絵本支援を行い、残りは復興支援金、被災教会支援金として献金したそうです。(詳しくは土浦めぐみ教会のHPをご覧ください)

わたし個人としては、炊き出し奉仕に行くこともできず(体力的に無理なので)、ただ祈ることだけでしたが……。
日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)で書いたエッセイ「わたしと東日本大震災」を紹介します。
     
残されし者の使命     

そのとき、わたしは自宅のリビングでくつろいでいた。突然腹に響く地鳴りがした。すぐに揺れが始まったが、そのうちおさまると思っていた。ところが、おさまるどころかどんどん大きくなっていく。

仕事が早く終わって帰宅していた娘が部屋から飛び出してきた。
「ドア開けたからね。お母さんは、ベランダの窓を開けて。お風呂に水を入れないと……」

娘は余震が続く中でテキパキ動いている。
わたしは何もできず、すわったまま呆然としていた。そんな大きな地震が起こるはずないと思っているのだ。

マンションの上階の人がやってきたとき、はっと我に返った。上階の家では食器棚や本箱が倒れ、大変なことになっているという。

我が家では何一つ壊れなかった。主人がたんすや食器棚などすべてに地震止めをしてくれていたからだ。

停電で信号がつかず、主人は隣のつくば市から4時間かかって帰宅した。電気は1日、水道は2日、ガスは10日も止まっていた。

日が経つうちに被害の大きさを知らされた。原発事故という日本では未曽有の出来事に不安でたまらなくなった。テレビの悲惨な映像を見て、何もできない自分を責めた。神様はなぜこんな災害が起こるのを許されたのだろうか……。

ヨブ記38章を読んでいたら、主がヨブに言われた言葉、「わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか」が心に留まった。

創造者である神様は、わたしたちよりもはるかに知恵あるお方である。わたしたちにはわからなくても何かの目的があってこの災害を起こされたのだと思った。

今わたしができることは『書くこと』しかない。



日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)のHP更新しました。

posted by 土筆文香 at 16:46| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月23日

本当の自分と出会って

人の心は、意識している部分とそうでない部分があるといわれています。無意識の部分は深いところにあって、そこには真の姿の自分がいます。
心に悩みを抱えているとき、意識している部分を改善しようとしてもなかなかうまくいきません。意識下の深い部分の自分に出会わないと解決しないのです。

真の自分に出会うことは恐ろしいことです。なぜなら醜い姿や傷を直視することになるからです。できれば深い穴に放り込み、蓋をしてコンクリートで固めてしまいたいです。
自分は寛容で親切で思いやりがあり、愛に満ちた人間だと思っていたいのです。でも、実はどうしようもなくわがままで自己中心であることに気づいていました。

わたしの父は癇癪持ちでした。怒るとあばれ、ドシドシ足を踏み鳴らして怒鳴りまくるのです。その怒りも正当な怒りならがまんできますが、たいていはわがままからでした。たとえば日曜の朝早く隣の犬が鳴いたため目が覚めたということだけで怒り狂うのです。

わたしは、そんな父親が大嫌いでした。ところが、わたしも自分の思い通りにならないとき、ときどき癇癪を起してあばれます。何度父とぶつかったことでしょう。
外では絶対に見せない姿ですが、家の中ではとてもわがままでした。

20代で教会に行きはじめたとき、自分のあばれ方が父親そっくりなことに気づいて愕然としました。
こんな自己中心な姿がわたしの本当の姿なのかもしれないと思いました。

心の深いところに降りて行って、わたしは真の自分と対面しました。醜い自分を想像していましたが、これほどまでとは思いませんでした。わたしは、絶望して泣きました。
こんな姿をみたら、誰もが逃げて行ってしまうと思いました。でも、イエス様は離れませんでした。

イエス様は近づいてきて「醜いままでいいんだよ。そんなお前を愛している」と言って醜い部分に触れて下さったのです。
そのとき、真っ黒でどろどろしていた本当の自分が、イエス様に触れられた途端、真っ白に変わりました。
もう醜くありません。誰に見られても恥ずかしくない姿になっているのです。

わたしは、イエス様が生まれた場所を思い出してみました。世界で最も貧しい家畜小屋でした。そこは臭くて汚い場所です。まるで自分の心のようなところです。あえてそのようなところで生まれて下さったのは、どんな醜いものでも受け入れてくださるという意味だったのではないでしょうか……。

それから、イエス様がなさったことを思い出してみました。
罪がないのに十字架刑という最も重い刑罰を受けて死んでくださいました。わたしの罪を贖うためだったのではないでしょうか……。

本当の自分に出会うこと。それは、恐ろしいことではありません。なぜならイエス様が一緒だからです。醜さと向き合ってもだいじょうぶです。イエス様がそれをきれいにして下さるのですから。

イエス様が自分のために生まれて下さり、自分のために死んでくださったことがよくわかったとき、喜びが沸き上がってきました。

本当の自分がどんなに醜くてもだいじょうぶなんです。もう、隠したり、とり繕ったりする必要はないのです。そのままの自分で充分なんです。


聖書の言葉 

神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。(Tヨハネ4:9)


posted by 土筆文香 at 16:30| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月30日

虐待の連鎖

24日に「心の闇」の世代連鎖について書きましたが、児童虐待も世代連鎖すると言われています。

わたしは5.6年前、小説を書くために虐待の問題についていろいろ調べました。(その小説は完成しないまま現在に至っていますが……)

子どもを虐待してしまう親の抱えている問題がどれだけ大きいか知らされました。簡単には解決できる問題ではありませんが、親がまず癒される必要があるのです。そして、イエス・キリストによらなければ完全に癒されないとわたしは思っています。

日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)で「喜・怒・哀・楽」それぞれのテーマで400字エッセイを書く課題が出たとき、「哀」は虐待のことを書こうと決めていました。
今日は「哀」のエッセイを紹介します。



     
虐待の連鎖

今日も虐待のニュースが流れている。年間の児童虐待相談件数は四万件を超えた。

作家の柳美里さんは子どもを8時間たたき続けたが、それが虐待であると人に指摘されるまで気づかなかったそうだ。気づいてもやめられないので、カウンセリングを受けた。

柳美里さんは幼少期に両親から虐待を受けていた。父親も幼少期に虐待を受けていたことを知る。虐待は世代連鎖するのだろうか。

わたしは彼女を責められない。長男が小学生の時、丈夫になってほしいと願ってスイミング教室に入れた。だが、本人は苦痛だったようで、さぼってばかりいた。わたしは腹をたて、具合が悪い日に無理やり行かせたことがあった。それは虐待ではなかったのか……。

虐待は、親自身の心の傷の顕れである。わたしは神の愛を知り、心の傷をキリストに触れていただいて少しずつ癒されていった。

親自身が神様に愛されていることを知ったとき、虐待の連鎖はストップすると思う。

posted by 土筆文香 at 16:57| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月12日

喜びの灯(ともしび)

体調はだいぶ回復してきました。お祈りして下さった方、ありがとうございました。

明日は主人の実家に行く日です。行けるかどうか心配だったのですが、息子の運転する車に乗せてもらえることになったので行けそうです。

日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)では400字のエッセイを書いています。昨年のテーマは花*鳥*風*月でした。今年は喜*怒*哀*楽です。喜怒哀楽の方が難しいです。2か月に1作品書いて例会に持っていき、合評会をしています。

「喜」を紹介させていただきます。


   
喜びの灯(ともしび)

         
中学生のころの夢は「普通の人になりたい」だった。それなら、わたしは普通ではなかったのか? そもそも普通って何だろう……。
 
わたしは非常に劣等感が強く、人間失格のように思っていた。運動は苦手だったが、成績は悪くない。なぜそんなに人より劣っていると思ったのか、いま考えると不思議だ。
とにかく自己価値観が低かった。自分なんかいないほうがよいのでは……とさえ思った。
「どうせわたしなんか」というのが口癖で、心は暗闇に包まれていた。

 大人になってから、わたしのためにひとり子、イエス・キリストの命を差し出して下さったお方の存在を知った。

そのお方は、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」と言ってくださった。

そのときからわたしの心に喜びの灯がともった。灯は暗闇を追い出し、どんなことがあっても消えることなく心を照らし続けている。


posted by 土筆文香 at 19:57| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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